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川上弘美さん「三度目の恋」インタビュー 千年の時、価値観のゆらぎ追体験

川上弘美さん=中央公論新社提供

 平安の貴族社会から江戸の遊郭、そして現代の男女まで――。作家、川上弘美さんの新刊『三度目の恋』(中央公論新社)は、千年の時を行き来しながら女と男の性愛を描く恋愛小説だ。伊勢物語の世界に現代の視線を溶け込ませるようにしてつづり、時代とともに移り変わる価値観のゆらぎを浮かびあがらせる。

 「私は高校の古典の授業が苦手で……源氏物語も伊勢物語も、田辺聖子さんの現代語訳で読むたのしみを知りました」。なかでも平安時代の歌人、在原業平が主人公とされる伊勢物語には、恋愛小説を多く手がける自身にとって、特別な思い入れがあったという。

 「恋愛がわからないから恋愛を書いてきた。その恋愛について、大昔の人はどう感じていたのかが知りたくて」。2009年に短編「ignis」(『なめらかで熱くて甘苦しくて』所収)で伊勢物語をとり入れ、16年には池澤夏樹さん個人編集の『日本文学全集』で現代語訳も発表した。「シンプルで短い恋愛のエピソードに、いまの私たちに通じる普遍的な要素がいくつもある」

 一方で、業平をめぐる女性関係には疑問が残ったままだった。「なんでモテるの?」「たとえ相手をどんどん替えていく社会だったとしても、女性たちはそれでよかったの?」。17年、日本文学研究者のロバート・キャンベルさんが館長を務める国文学研究資料館に誘われ、伊勢物語をモチーフに小説を書くと決めた。研究者の協力を得て生活の細部を調べながら書いたのが、『三度目の恋』だ。

 主人公の梨子(りこ)は、ほんの幼い頃から「ナーちゃん」と呼んで恋い慕っていた原田生矢(なるや)と結婚する。ところが、生矢はまわりの女たちをひきつけてやまない。ざわつく梨子は一方で、なぞめいた「高丘(たかおか)さん」と再会したことをきっかけに、夜ごと夢をみるようになる。

 その夢のなかで梨子は、江戸の吉原に売られる少女となり、平安貴族のお姫さまに仕える女房になる。特異なのは、梨子が夢みながらも覚めていて、現代の意識を併せもつこと。時代ごとの常識のなかで生きながら、現代からみた理不尽や不条理も肌で感じる。

 「たんに平安時代を舞台にしてしまうと、時代にとらわれた人間の視点しか持てない。それだと、業平のなぞに分け入っていくことができないと思った」と川上さんは言う。「現代の私が、ちがう国をみるようにして平安をみて、これがわからないと書くためには、現代の視点でなければ」

 書き終えてみると、それは自分の人生を振り返ったときの感覚とも重なることに気がついたという。

 1958年生まれで、男女雇用機会均等法ができる前に就職を迎えた。「4年制大卒の女はぜんぜん就職口がなかった。結局は結婚というものに収斂(しゅうれん)されちゃって。『おかしい』って声を上げる人たちもたくさんいたけれど、自分にはできなかった。振り返ると、自分自身を怒鳴りつけたいような気持ちになる」

 だが、育った環境や社会にからめとられてしまうこともまた、どうしようもない事実だ。「いまの自分なら『ちがうんじゃない』と思うことも、当時を振り返るとやっぱり、そのときはそうしちゃったかもと思ったり。そういうことを繰り返してきた経験が、もしかするとこの小説に反映されているかもしれない」

 平安や江戸の価値観を肯定することも、現代の価値観で裁くようなこともしない。物語が描き出すのは、時代を超えて営まれてきた人を恋い惑う心のありようだ。「いまの価値観が絶対ということはない。もちろん、昔よりずっとよくなったことはたくさんある。でも、悪くなったこともある。どちらかだけじゃなくて、両方なんですよね」(山崎聡)=朝日新聞2020年12月2日掲載