前進座を離れて3年、80歳で新たな門出を迎えています。70年を超えた舞台生活の中で印象的な作品をあげて「私流」の作品、演技論をつづり、役者人生を振り返りました。
先輩たちは、歌舞伎界の封建的な徒弟制度や門閥制度を打ち破り、実力があれば誰でも主役が張れるようにと、前進座を立ち上げました。全座員で意思決定する民主的な運営、座員の生活の保障などを掲げた劇団を、満州事変の4カ月前に作った。驚くべきことです。
私は劇団の住宅で生まれ育った第2世代。その歴史と創造理念の実践の中で育てられた役者です。運営を任されるようになってからは、座員の生活保障にとても苦労しましたが……。
歌舞伎から現代劇まで、これだけ多面的な演目を持つ劇団はありません。とはいえ、演技の土台は歌舞伎です。特に荒事(あらごと)で鍛えられた「肚(はら)」。呼吸法、役の根っこをつかむ意識の両面ですね。それらの根底に真実を引き込む力が強ければ強いほど、そのリアリティーに裏打ちされた様式性の稔(みの)りが獲得される。例えば歌舞伎十八番『鳴神』の荒事になってからの所作は、まさに「究極の怒り」の表現と言ってよいでしょう。米国公演でも観客が総立ちで拍手してくれました。歌舞伎のダイナミズムとリアリティーが伝わったんですね。
本の最初は、再出発の舞台として上演予定の『玄朴と長英』を取り上げました。激動の幕末を舞台にした真山青果先生の名作。真山さんの生きた大正デモクラシーの時代と重ねたのでしょう。インテリの理想と現実の間での揺れが投影され、新たな時代の到来を感じさせる舞台です。これは現代にも通じる。
私自身、いま「新人」に戻った気持ちです。その決意の書でもあります。(構成・滝沢文那 写真・家老芳美)=朝日新聞2020年12月16日掲載