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「第三帝国を旅した人々」他1冊 銃後を支える 強いられた主体性 朝日新聞書評から

評者: 戸邉秀明 / 朝⽇新聞掲載:2020年12月19日
第三帝国を旅した人々 外国人旅行者が見たファシズムの勃興 著者:ジュリア・ボイド 出版社:白水社 ジャンル:歴史・地理・民俗

ISBN: 9784560097854
発売⽇: 2020/09/28
サイズ: 20cm/424,50p

ナチス機関誌「女性展望」を読む 女性表象、日常生活、戦時動員 著者:桑原 ヒサ子 出版社:青弓社 ジャンル:社会・時事

ISBN: 9784787220905
発売⽇: 2020/09/29
サイズ: 21cm/428p

第三帝国を旅した人々 外国人旅行者が見たファシズムの勃興 [著]ジュリア・ボイド/ナチス機関誌「女性展望」を読む 女性表象、日常生活、戦時動員 [著]桑原ヒサ子

 独裁体制や戦時下に生きるとは、どんな日々だろう。戦場よりも、破局に至る道のりや「銃後」の暮らしのなかに答えを探る努力が、想像力を鍛える上で必要ではないか。この2冊は、ナチ党支配下ドイツの日常を、外と内の両方から見通す手がかりになる。
 『第三帝国を旅した人々』は、1930年代を中心に敗戦まで、ドイツ社会のめまぐるしい変貌(へんぼう)を外国人の目で描く。英米を中心に有名無名180人の著作・日記・書簡が縦横に引かれ、時代の転機が目撃者の肉声で語られる。
 とりわけ留学生たちが下宿や街頭で出くわす光景は鮮明だ。ハイル・ヒトラーの敬礼攻めや「総統を拝見できた」人々の興奮ぶり、「信じられない噓(うそ)を延々と繰り出す」演説に「すがりついている」聴衆。実際、普通の市民が「冬になると毛皮の色を変える動物のように」体制に順応し、「暴力ほど嫌なものはない」と思いつつも、命令ならばユダヤ人の迫害に「もちろん」加わると断言した。
 だが旅行者が持ち帰る印象の多くは親切な人々、清潔な街路や偉大な芸術であり、独裁の現実ではなかった。焚書(ふんしょ)の儀式に「息を呑(の)むほど素晴らしかった」と感嘆する者や、「ヒトラーの海外応援団」を買って出る者が、ドイツの外にも大勢いたことを、著者は白日にさらす。危機を避けようと「見て見ぬふり」をするほど、破滅は一段と引き寄せられた。
 他方、『ナチス機関誌「女性展望」を読む』は、ナチ党公認の女性団体が発行した同誌の全号をたどり、体制が推奨した暮らしぶりをつぶさに再構成する。140万部と女性誌で最大部数を誇った同誌の魅力は、政治色の強い特集よりも連載小説やファッション、広告、流行服の型紙の付録といった娯楽と実用の要素にあった。
 女性は創られた安楽にだまされただけか。著者はナチ党の女性指導者の言動から、「民族の母」意識を高唱して「女性たちが家から社会に出ていく口実」とした戦略を読み解く。この雑誌自体、当時では珍しく女性による編集・発行を、官製ゆえに実現していた。
 それは、戦時の物不足でも家庭菜園や繕いなど衣食の「節約」に創意工夫をする主婦の活躍と重なる。強いられた主体性こそ体制を深く下支えする。その逆説が、雑誌の定点観測で浮かびあがる。
 奈落へ進む時代の危うさを、渦中で見極める難しさ。周囲の安全に閉じこもる自衛意識。どんな耐乏でも乗り切る健気(けなげ)さが果たしてしまう体制協力。いずれもが日本の「銃後」を連想させるのはもちろん、コロナ禍を生きる私たちの日常とも意外と近い所にないか。両著はそんな物騒な想像を搔(か)き立てて、読む者を立ち止まらせる。
    ◇
 Julia Boyd 1948年生まれ。英国在住の歴史作家。著書『ハンナ・リデル ハンセン病救済に捧げた一生』▽くわはら・ひさこ 1953年生まれ。敬和学園大教授(ドイツ文学、現代文化)。共著『軍事主義とジェンダー』。