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朝日新聞書評委員の「今年の3点」② 押切もえさん、温又柔さん、柄谷行人さん、呉座勇一さん、坂井豊貴さん

押切もえ(モデル・文筆家)

①シンプルなクローゼットが地球を救う ファッション革命実践ガイド(エリザベス・L・クライン著、加藤輝美訳、春秋社・1980円)
②隣人X(パリュスあや子著、講談社・1540円)
③百年と一日(柴崎友香著、筑摩書房・1540円)

 生活の変化が多かった今年、今向き合うべきことについて考えた3冊。ファッション業界でもサステイナブル(持続可能な)であることが注目されているが、①を読んで、ファッション産業がどれほど地球環境に悪影響を及ぼしているかを知った。SDGsの意識が高まり、環境に配慮する動きが多方面から生まれているが、今後もさらに、何かを購入する時はよく考え、長く愛していきたい。
 ②は、SF作品でありながらも、差別や格差など私たちが抱える様々な生きづらさを描いていたところに感銘を受けた。③は、様々な時と場所に思いを巡らせることができた一冊。過去や失われたものに感傷を覚えながらも、未来にも希望を持てた。短い文章の短編集だが、余韻が深い物語が多かった。

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温又柔(小説家)

①アコーディオン弾きの息子(ベルナルド・アチャガ著、金子奈美訳、新潮社・3300円)
②優しい暴力の時代(チョン・イヒョン著、斎藤真理子訳、河出書房新社・2420円)
③ 荷を引く獣たち 動物の解放と障害者の解放(スナウラ・テイラー著、今津有梨訳、洛北出版・3080円)

 ①は、現代バスク語文学の金字塔。歴史の襞(ひだ)に潜む記憶は、失われた言語が回復するとき、かつて、そこにいた者たちの息吹と共に蘇(よみがえ)る。輻輳(ふくそう)的なテキストを見事な日本語にした訳者にも拍手を送りたい。
 ②は「希望も絶望も消費する時代の生活の鎮魂歌」と銘打たれた小説。冒頭作「ミス・チョと亀と僕」は、この数年でも特に感動した一篇(ぺん)。読後、絶望することにすら絶望しかける日々を、これでまた生き延びられると思った。①も②も、小説を読む極上の喜びをもたらしてくれる一方、小説を書く立場としては、嫉妬を燃やさずにもいられない。
 ③は、小説以外の本で今年最も感銘を受けたもの。「厄介」な他者と、不完全な私が傷つけあわず共にあるためには? 学びは続く。

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柄谷行人(哲学者)

①俺のアラスカ 伝説の“日本人トラッパー”が語る狩猟生活(伊藤精一著、作品社・2420円)
②アロハで猟師、はじめました(近藤康太郎著、河出書房新社・1760円)
③ けものが街にやってくる 人口減少社会と野生動物がもたらす災害リスク(羽澄俊裕著、地人書館・2200円)

 ①は、東京の府中市に生まれ会社員になったあと、アラスカに渡り、原野で罠(わな)猟師として名を馳(は)せた人物の体験談話であるが、今年初めに読んだこの本は、思えばコロナ禍の私の生活を予見していた。私は毎日、近所の多摩丘陵を歩き回るようになり、見知らぬ動物に出会った。その中で読んだのが②である。これは、新聞記者で稲作をしていた著者が、田畑に出没するイノシシなどのケモノ猟を始めた話である。
 つぎに③は、ケモノが各地の都市に出没する事態に対処する仕事をしている人が書いた本で、非常に啓発的であった。今日では「生物多様性の保全」が説かれるが、必要なのは、動物と人間の「棲(す)み分け」を再確立することだという。猟もその手段の一つである。

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呉座勇一(国際日本文化研究センター助教

①民衆暴力 一揆・暴動・虐殺の日本近代(藤野裕子著、中公新書・902円)
②歴史人口学事始め 記録と記憶の九〇年(速水融著、ちくま新書・1100円)
③日本の医療の不都合な真実 コロナ禍で見えた「世界最高レベルの医療」の裏側(森田洋之著、幻冬舎新書・924円)

 今年一気に広がったBLM(ブラックライブズマター)運動では、一方がデモの一部暴徒化を非難し、他方が警察・自警団の暴力を糾弾する批判合戦が見られた。①は自由民権運動期の秩父事件や関東大震災時の朝鮮人虐殺などを通して民衆暴力の光と影を描く。
 ②は遺著となった自伝。歴史人口学との運命的な出会いなどは既出だが、戦中・敗戦直後の苦労話が興味深い。スペイン・インフルエンザの研究でも知られる著者が存命だったら、何を思うだろうか。
 欧米より圧倒的に感染者数が少ない日本で「医療崩壊」が叫ばれるのは何故か。③はコロナ禍が浮き彫りにした、日本の高齢者医療・終末期医療の機能不全という構造的問題に迫る。非常時こそ総合的・俯瞰(ふかん)的な考察が必要だ。

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坂井豊貴(慶応大学教授)

① 鬼滅の刃23 幾星霜を煌(きら)めく命(吾峠呼世晴=ごとうげこよはる=著、集英社・506円)
② 夜に駆ける YOASOBI小説集(星野舞夜=まよ=、いしき蒼太、しなの、水上下波=かなみ=著、双葉社・1485円)
③ステイ・スモール 会社は「小さい」ほどうまくいく(P・ジャルヴィス著、山田文訳、ポプラ社・1980円)

 時代状況が暗いとき、人間は暗さのある作品を手に取りたくなるように思う。
 ①は社会現象となった漫画の最終巻。私は連載初回から夢中で読んでいたが、描写が残酷で、人気が出るとは思えなかった。社会がこれを熱狂的に受け入れることに驚いた。
 ②は楽曲「夜に駆ける」の原案となった小説を含む短編集。同曲にCDの発売はなく配信だけでビルボードジャパンの年間総合1位に。美しいメロディだが歌詞が不穏。小説を読むと意味が分かって陰鬱(いんうつ)になる。
 ③は残酷でも陰鬱でもない、小さな事業のシビアな経営論。小規模だと意思決定が早く、心の通ったサービスができる。小さいままでいるのは目標でさえあると説く。激変の時代を生き抜くための新たな手引き。

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>朝日新聞書評委員の「今年の3点」①はこちら

>朝日新聞書評委員の「今年の3点」③はこちら

>朝日新聞書評委員の「今年の3点」④はこちら