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朝日新聞書評委員の「今年の3点」④ 保阪正康さん、本田由紀さん、横尾忠則さん、石川尚文さん、黒沢大陸さん

保阪正康(ノンフィクション作家)

①目撃 天安門事件 歴史的民主化運動の真相(加藤青延著、PHPエディターズ・グループ・1430円)
②ミハイル・ゴルバチョフ 変わりゆく世界の中で(ミハイル・セルゲービッチ・ゴルバチョフ著、副島英樹訳、朝日新聞出版・2860円)
③ロッキード疑獄 角栄ヲ葬リ巨悪ヲ逃ス(春名幹男著、KADOKAWA・2640円)
 メディアの海外特派員経験者による著作、翻訳書が印象に残った。その中から印象深い3冊を選んだ。

 ①は取材現場での体験を時間をかけて検証した労作である。戦車に抵抗した市民の姿の内幕を分析する筆調に感銘を受けた。②は東西冷戦に終止符を打つ旧ソ連の最高指導者による回想記。この書によって当時西側陣営の指導者との信頼がどう確立していったかが理解できた。「歴史」に動かされた指導者たちの会話は哲学的でさえある。
 ③は米国政府機密文書を丹念に読み解き、ロッキード事件で「利権を貪(むさぼ)る」2人の主役を名指しする。田中角栄がなぜ嫌われたか、責任を負わされたこの人物を米国政府の動きと絡んで読み解く。歴史の書き直しが必要と身震いする書である。

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本田由紀(東京大学教授)

①社会を知るためには(筒井淳也著、ちくまプリマー新書・924円)
②民衆暴力 一揆・暴動・虐殺の日本近代(藤野裕子著、中公新書・902円)
③これからの男の子たちへ 「男らしさ」から自由になるためのレッスン(太田啓子著、大月書店・1760円)

 書評の候補本の中から、評したかったがその機会を逃した本を選んだ。①は平易に書かれた社会学の入門書だが、「わからなさ」や「緩さ」といったキーワードを用いて、社会との向き合い方を縦横に語っている。書評委員間で取り合いになり、宇野重規さんにお譲りした(苦笑)。②は、明治維新後の新政反対一揆、自由民権運動期の秩父事件、日露戦争後の日比谷焼き打ち事件、そして関東大震災時の朝鮮人虐殺という四つの民衆暴力にフォーカスし、国家による暴力の独占や、通俗道徳の関係を読み解く。これも宇野さんにとられた(チクショー笑)。③は、日本のジェンダーバイアスを、成長過程の男の子を取り巻く状況から描いて話題となった。男の子たちを「呪い」から解放するために必読。

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横尾忠則(美術家)

①アルス・ロンガ 美術家たちの記憶の戦略(ペーター・シュプリンガー、前川久美子著、工作舎・4950円)
②長谷川利行の絵 芸術家と時代(大塚信一著、作品社・2420円)
③美術の森の番人たち(酒井忠康著、求龍堂・3080円)

 今年読んだ本は書評の対象になった20冊のほかは『新・旧約聖書』と『古事記』の3冊が全てで、新刊は書評以外に1冊も読まなかった。従って20冊の書評の中から美術に関する3冊に絞って推薦したい。
 1冊目は『アルス・ロンガ』。この表題の意味は「芸術家の人生は短いが、作品は長く残る」。多くの美術家は何らかの形で自らの存在を作品化することで後世に残そうとする。
 2冊目は『長谷川利行の絵』。彼の描くことに飽きたような未完的な作品は死を遠ざけ、死を近づけた。そこに霊性が宿った。
 3冊目は『美術の森の番人たち』。神奈川県立近代美術館で宿縁のあった物故者35人の生前の交流を通じて、近・現代美術がノスタルジックに語られていく。

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石川尚文(朝日新聞社論説委員)

①コロナ禍日記(植本一子ほか著、辻本力編、タバブックス・2200円)
②コロナ危機の経済学 提言と分析(小林慶一郎、森川正之編著、日経BP・2750円)
③新型コロナ対応・民間臨時調査会 調査・検証報告書(一般財団法人アジア・パシフィック・イニシアティブ著、ディスカヴァー・トゥエンティワン・2750円)

 全貌(ぜんぼう)不明のコロナ禍の中、断片や試論を時機を逸さずに投げかけてくれた書籍が印象に残りました。
 ①は緊急事態宣言下の4月前後に小説家らが書いた日記集。自分の生活と重ねると、ざわざわとした初期の不安がよみがえります。
 ②は、様々な経済学研究者らによる論考集。経済政策としての「医療・検査体制の増強」を説く第1章、労働市場への影響と格差の拡大を分析した第15章、エッセンシャルワーカーの過重労働を論じた第16章などにうなずかされました。
 ③は7月時点までの「日本モデル」について検証。「泥縄だったけど、結果オーライ」という官邸スタッフの弁を象徴として引き、こう続けています。「場当たり的な判断には再現性が保証されず、常に危うさが伴う」

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黒沢大陸(朝日新聞社大阪編集局長補佐)

①洪水と水害をとらえなおす 自然観の転換と川との共生(大熊孝著、農文協プロダクション・2970円)
②最新科学が映し出す火山 その成り立ちから火山災害の防災、富士山大噴火(萬年一剛著、ベストブック・1540円)
③あしたの地震学 日本地震学の歴史から「抗震力」へ(神沼克伊著、青土社・2420円)

 取材を続けてきた災害関連で筋が通った好著に出会った。自然に対する人間の力や知見の限界をわきまえた防災を考えるのに役立つ。①は水害や対策の歴史も振り返りつつ、川と共生する自然観が展開される。基本的で広範な知識が得られ、ダムに批判的な著者に同意してもしなくても、大局観を養う助けとなる。
 ②は基礎と新しい知見を平易かつ要領よくまとめ、実践的でありながら科学的好奇心も満たす。観測史上初の箱根山の「噴火」に直面した著者だけに、丁寧に論じる火山防災への批判は説得力がある。③は地震学の歩みをたどりながら、ボタンを掛け違えてきた地震防災のあり方を問い直す。コロナ禍でも疑問視された科学と政策の関わり方の不穏当な一断面が見える。

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村山正司(朝日新聞社読書編集長兼編集委員)

①NEO ECONOMY(ネオ・エコノミー) 世界の知性が挑む経済の謎(日本経済新聞社編、日経BP・1870円)
②女の園の星 1(和山やま著、祥伝社・748円)
③自転しながら公転する(山本文緒著・新潮社・1980円)

 読書面で毎週紹介する20~30冊の本の書名、著者、引用部分などは、印刷直前まで点検しています。作業しつつ本文に引き込まれ、読了した本から。
 ①は無形資産がテーマの新聞連載を単行本化。本文デザイン(中島里夏氏)が素晴らしい。新聞は無造作に本にすると読みにくくなる。媒体のリズムが違うからだ。グラフや写真の取り扱い、見出しの立て方など様々な工夫が目を引いた。
 ②はコミック。高い画力に支えられた緻密(ちみつ)な線はホラー漫画を予感させた。ところが中身は「最高にくだらない女子校教師の日常」(帯から)。そのギャップがシュールな笑いを呼ぶ。読み返して楳図かずお風のコマを見つけニンマリ。
 ③は直木賞作家の7年ぶりの作品。茨城県が舞台の恋愛小説で、女性主人公の相手は「蘊蓄(うんちく)は言っても肝心のことは言えない男」。痛すぎる。私と同年生まれの小説家の筆は、食など細部も脳髄に響く。

>朝日新聞書評委員の「今年の3点」①はこちら

>朝日新聞書評委員の「今年の3点」②はこちら

>朝日新聞書評委員の「今年の3点」③はこちら