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「境界線の学校史」書評 縦横に分けられ 揺れ動く教育

評者: 本田由紀 / 朝⽇新聞掲載:2021年01月30日
境界線の学校史 戦後日本の学校化社会の周縁と周辺 著者:木村元 出版社:東京大学出版会 ジャンル:教育・学習参考書

ISBN: 9784130513555
発売⽇: 2020/12/02
サイズ: 22cm/258p

境界線の学校史 戦後日本の学校化社会の周縁と周辺 [編]木村元

 編者のあとがきによれば、タイトルには苦心したという。しかし、とても良いタイトルだと思う。
 公的な教育制度は確立されたもののように見えるが、決して自明ではない。第一に、何がそれに含まれ、何は含まれないかという境界線が絶えず引き直されてきた。二つ目の境界線は、制度内部における、何をいつどのように教えるのかに関する縦横の線引きである。こうした、制度内外を区切る境界線上に置かれてきた諸事象の歴史を、本書の各章は丹念にひもといている。
 前者の境界線を扱う第1部では、夜間中学、定時制・通信制高校、外国人学校が、また後者を扱う第2部では、道徳教育としての生活指導、中学校の職業教育、工業高校における専門教科が、主題とされている。
 特に印象的な記述の一つは、夜間中学をめぐる運動史の中で、低学力の生徒を切り捨てる差別の場になってしまうのであれば夜間中学さえ解体すべきだと説いた運動家の主張である。
 もう一つは、外国人学校の制度的位置づけに関する「国民の境界線」と「国家の境界線」という整理である。外国人の教育への権利を保障していない教育法制と、各国との政治的・外交的関係による細かい序列化を可能にする行政手法のもとで、特に朝鮮学校は周縁化されてきた。
 単に法律などで規定すればすっきりと収まるのではなく、それを揺るがしたり換骨奪胎したりする、各自治体や教育現場の様々な動きの中で、境界線は変動し、境界上に置かれた事柄や人々はそれによって翻弄されてきたのである。
 なお評者が本書の枠組みから想起したのは、ジンメルの『橋と扉』やルーマンのシステム論である。何かと何かの分かれ目であると同時にそれらを関係づけるものでもある境界線。教育のみならず、私たちの生活は、縦横の目に見えない線により切り刻まれ、結びあわされているのだ。
    ◇
きむら・はじめ 一橋大教授。著書に『学校の戦後史』など。本書は7人の教育学者により執筆された。