日本文学の海外での翻訳が活発だ。では翻訳される言語によって、作品の読まれ方がどう変わるのか。作者と海外の翻訳者たちが語り合う企画が始まった。初回は、柴崎友香さんの芥川賞受賞作『春の庭』。翻訳であらわになった、人間の共通項と文化の差異とは。
1月29日にあったオンライン座談会は、国際交流基金(JF)が企画。登場したのは、ベルギー在住でオランダ語に翻訳したリュック・ヴァンホーテさん、フランスのパトリック・オノレさん、英国のポリー・バートンさん、台湾の黄碧君(ファンビジュン)さん。
『春の庭』の主人公は、東京・世田谷の取り壊しが迫るアパートに住む。住人の女性が、隣の家に並々ならぬ関心を寄せている、と知るところから、物語が始まる。
各国での読まれ方には、共通項があった。ヴァンホーテさんは、「ロマンスにも、サスペンスにもなりそうでならない。そこが面白かった」。バートンさんも、知人から、「きわめて日常的な終わり方が、英語圏にはないものだった」「自由だと思っていた西洋文学の限界が見えた」と言われ、自分も同様に感じると気づいた。
黄さんの周囲では「都会の人と人との距離感」に共感が集まったという。「一時的に同じ建物に住んでいて会話が発展する感覚や、自分のことをどこまで話すか」がリアルだったという。
柴崎さんは日本では、アパートの住人にしては「人付き合いが多いのではないか」という感想があったと紹介。「文化的な背景が変わると書いていることの印象がかなり変わる。それでも伝わる部分と、違うからこそ面白いと思ってもらえる部分がある。それが翻訳の面白さだと感じた」と話した。
翻訳で苦労したのは、どのようなことか。作中、〈上から見ると“「”の形になっている〉アパート、〈田の字に区切られ〉た敷地、と記号を使った表現が頻出する。4人中3人が、図を描いたと話した。翻訳に難儀しそうだが、オノレさんは意外にも「そんなに難しいとは思わなかった」。逆に〈狐(きつね)はいないけど、狸(たぬき)ならいます〉というせりふに苦労した。「日本人が読むと狸の別の意味が浮かぶが、フランス人にどう伝えれば良いのか。しかも、その意味があったのか、はっきりしない」
司会を務めたロシア文学者の沼野充義さんは「世界の文学のヒーロー、ヒロインはじつは翻訳者。翻訳してくれる人がいなければ、本がいくら素晴らしくても読んでもらえない」と話した。
この企画は計5回開催される予定。次回は2月下旬、多和田葉子さんの『献灯使』を取り上げる。(興野優平)=朝日新聞2021年2月3日掲載