イエズス会が布教で美化 「明智軍記」に記述
ガラシャといえば、7日に最終回を迎えたNHK大河ドラマ「麒麟(きりん)がくる」に登場した「たま」のこと。主人公の戦国武将・明智光秀の娘で、芦田愛菜さんが演じた。ドラマでは描かれなかったが、関ケ原合戦の前に悲劇的な最期を遂げる。
では、ガラシャに関する描写が、日本のキリスト教受容とどう関係してくるのか。
『美人論』の著書がある井上章一・日文研所長は、2018年のシンポジウムで「同時代の文献上の記録に、ガラシャを美貌の人として取り上げたものはない」との説を唱えた。「日本にキリスト教はあまり浸透しなかったといわれるが、ガラシャを美化するストーリーの浸透には成功したことを伝えたい」との狙いがあったという。
井上さんによれば、ヨーロッパのイエズス会が日本での布教活動を宣伝する中で、キリスト教に改宗したガラシャを美化した。ヨーロッパでは、殉教を余儀なくされた女性たちが美術作品などで美貌の人となっていく傾向があり、ガラシャもそうだった。
そうしたイメージが明治時代初め、日本に「凱旋(がいせん)帰国」する。イエズス会士による「日本西教史」に書かれてあったのが大きいという。開国後、信教の自由を受け入れざるを得なかった明治政府が翻訳した書だ。
一方、日欧交渉史が専門のフレデリック・クレインス教授は、光秀を描いた軍記物「明智軍記」に「容色(ようしょく)殊(こと)に麗(うるわし)く」との記述があると指摘。「ガラシャが日本でも美人と認識されていた」との説を示した。
これに対しその後、井上さんは反論した。「明智軍記は元禄時代ごろ、つまり光秀の死後100年近くたってから書かれたもので、信憑性(しんぴょうせい)は薄い」
しかし、クレインスさんは「明智軍記では『容色殊に麗く』に続いて、歌や琴、笛の演奏が巧みだったために文化人の舅(しゅうと)・細川藤孝に可愛がられたとの記述がある。これは、信憑性の高い史料である細川忠興の伝記『忠興公譜(ただおきこうふ)』や、ルイス・フロイスの『日本史』でも裏付けられる」とも指摘する。
「残されているガラシャの17通の手紙のうち16通を調査したが、非常に優しく、思いやりのある人だったことがわかる。内面の美しい人だったので、外側の姿も美しい人だったはずと思えてしまうのかもしれない。いずれにしても謎です」
議論の行方はさておき、史料に忠実な研究手法で知られるクレインスさんをも悩ませる魅力が、ガラシャにはあるのかもしれない。(小林正典)=朝日新聞2021年2月17日掲載