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「国際法の誕生」書評 通説に挑み米州公法の意義証す

評者: 石川健治 / 朝⽇新聞掲載:2021年03月06日
国際法の誕生 ヨーロッパ国際法からの転換 著者:中井 愛子 出版社:京都大学学術出版会 ジャンル:法学・法制史

ISBN: 9784814002580
発売⽇: 2020/12/09
サイズ: 22cm/607p

かつて欧州国際法と同一であった国際法の認識論は、いかにして変容したのか。米州でも特にラテンアメリカの旧欧州植民地独立にさかのぼって追究し、スポットライトを浴びなかった実質…

国際法の誕生 ヨーロッパ国際法からの転換 [著]中井愛子

 社会あるところ法あり。国家どうしが国際社会を形成するとき、国際社会に固有の法としての国際法は同時に成立している。人間社会が「場所」に規定された具体的秩序、いわば場序として成立する限り、国際社会にも最初は場所的限定があった。国際社会としての欧州が成立したのが、1648年のウェストファリア条約であり、かかる欧州公法が欧州列強の進出とともに地球大に拡大して、現在の「国際法」が成立した――という通念を根柢(こんてい)から覆すのが、本書の雄略である。
 新大陸を〝発見〟したポルトガル・スペインが逸(いち)早く弱体化するとともに、フランス革命とナポレオンが欧州秩序を動揺させたことによって、ラテン・アメリカの旧スペイン領土は19世紀初頭には脱植民地化を果たした。独立運動の指導者ボリーバルは、南北アメリカを包括する米州公法の理想を掲げ、欧州秩序の再建をめざすウィーン会議の合わせ鏡となるパナマ会議を主催する。米州公法の概念化に寄与したのは、欧州でもその名を知られたアルゼンチンの法学者たちだ。旧ポルトガル領のブラジルも遅れてこれに加わった。アメリカ合衆国のモンロー主義は元来、米国中心主義的外交政策ではなく、一体としての米州公法の形成の流れに呼応するものだった。
 そして、拡大を続ける欧州発の国際社会が、既に米州で成立していたもう一つの国際社会とぶつかり合って形成されたのが現在の「国際社会」と「国際法」だ、というのが本書の主張である。それ自体としてきわめて魅力的な歴史把握であるが、著者の凄(すご)みは、具体的な国家実行(プラクティス)に基づきそれを実証的に裏付けている点にある。法学者による包括的叙述を図書館で繙読(はんどく)するだけでなく、現地のしばしば治安の悪いアーカイブを訪ね歩いて一次史料を収集し、米州公法が国際法に刻んだ爪痕を克明に再現している。領土・国境の画定をめぐる現状承認(ウティポシデティス)の原則に関する叙述は他人事ではない。
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 なかい・あいこ 大阪市立大准教授(国際法)。共訳書に『グローバリゼーション 人間への影響』など。