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「父を撃った12の銃弾」書評 完成度高い各章つながり佳境へ

評者: 大矢博子 / 朝⽇新聞掲載:2021年04月17日
父を撃った12の銃弾 著者:ハンナ・ティンティ 出版社:文藝春秋 ジャンル:小説

ISBN: 9784163913360
発売⽇: 2021/02/25
サイズ: 20cm/375p

「父を撃った12の銃弾」 [著]ハンナ・ティンティ

 サミュエル・ホーリーは娘のルーが12歳になったとき、亡き妻の故郷である海辺の町に移り住んだ。それまでは父娘でアメリカ中を放浪していたが、娘に真っ当な暮らしをさせるため定住を決めたのだ。
 ホーリーとルーは仲良く新生活を始めるが、序盤から読者の胸にはさまざまな疑問が渦巻くことになる。ホーリーの体に残る多くの銃弾の痕は何なのか。ルーの母は事故で死んだというが、本当なのか。町に住むルーの祖母は、なぜ父娘に会おうとしないのか。
 物語はルーが主人公となる現在の章と、ホーリーの視点で語られる過去の章が交互に登場し、読者の疑問が少しずつ解かれていく。
 現在パートはルーの青春小説だ。いじめ(やり返すのが痛快)や初恋。閉鎖的な田舎町で様々な軋轢(あつれき)や衝突を経験しながら、ルーが成長する様子が描かれる。
 過去の章は悪事と暴力の中で生きてきたホーリーの物語。彼の身体に残る多くの傷がどのようにできたのか、ひとつずつ数えるように紹介される。
 驚くのは各章がすべて独立した短編小説のごとき完成度を持っていることだ。父の章「銃弾#2」で語られる場末のモーテルの退廃した空気。「銃弾#6」で描かれる氷河崩落の圧倒的迫力。娘の章「ドッグタウン」で父に初めて疑惑を抱いた、その戸惑い。ボーイフレンドと一緒に警察に捕まるという事件を起こした後で、父が意外な行動に出た「風見」。
 それらが、つながる。
 いくつもの断章が一本の線になり、父と娘の旅路を描き出す。青春小説である娘の章とクライムサスペンスである父の章が重なって家族小説へと変貌(へんぼう)する。過去と現在が融合する怒濤(どとう)のクライマックスと、読後いつまでも残る余韻。
 なんと重層的な物語だろう。謎、興奮、切なさ、驚き、そして詩情。それらが一冊に詰まっている。読み終わるのが惜しい――そう思わせてくれる感動作だ。
    ◇
Hannah Tinti 米国の小説家。長編第1作『THE GOOD THIEF』(未邦訳)で全米図書館協会のアレックス賞。