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「インパクト・ファクターの正体」 学術誌格付けで問われるモラル

評者: 須藤靖 / 朝⽇新聞掲載:2021年04月24日
科学者をまどわす魔法の数字,インパクト・ファクターの正体 誤用の悪影響と賢い使い方を考える 著者:麻生一枝 出版社:日本評論社 ジャンル:自然科学・科学史

ISBN: 9784535789296
発売⽇: 2021/01/19
サイズ: 21cm/162p

なぜ個々の研究者の業績を評価する指標としてのインパクト・ファクターを使ってはいけないのか。さまざまなデータを使ってその問題点や誤用による悪影響を論じ、インパクト・ファクタ…

「インパクト・ファクターの正体」 [著]麻生一枝

 科学者でない限り、インパクト・ファクター(IF)という言葉にはほとんどなじみがないだろう。ところが、このIFに洗脳されているとおぼしき研究者は少なくない。しかも(分野にもよるが)優れた研究者ほどその傾向が顕著だとすら思える。IFがいかに無意味な数字であるかを定量的に論じた著者の主張には激しく同意する。
 毎年発表される学術雑誌のIFとは、過去2年間にその雑誌に掲載された論文が、その年に他の論文で1本当たり平均何回引用されたかを示す値である。
 IFは皮相的格付け値に過ぎないにもかかわらず、IFの高い(有名な)雑誌に多くの論文を発表すればするほど優れた科学者だ、との間違った解釈が蔓延(まんえん)している。これはIFの責任というよりも、それぞれの論文を読み込んで判断することをさぼり、上っ面の数字だけで研究者を評価してしまう科学者コミュニティーのモラルの問題だろう。
 職業や勤め先、出身大学の偏差値、さらには、持ち物のブランド名や値段に至るまで、本人の属性ではないラベルで安易に他人を理解したと思いこむ風潮は、現代社会に一般的だ。大学ランキングもまたしかり。それらの無意味さを指摘すべき立場の科学者が自らIFに振り回されているとは、情けない限りである。
 一部の出版社や編集委員によるIFかさ上げ術、IFの高い雑誌に論文を掲載すべく不正に手を染める科学者たちなど、本書が紹介するあきれた実例の数々からは、科学の現場の悲しい現状が垣間見える。
 がん生物学分野で画期的と評された論文53本中、別グループで結果が確認できたのはわずか6本だったとの報告もある。医薬学研究の信頼性もがIF偏重主義で歪(ゆが)められているとするならば由々しき社会問題だ。
 本書は、IF中毒の哀れな科学者のみならず、物事を一次元的指標でラベル付けして思考停止に陥りがちな現代人の必読書である。
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あそう・かずえ ハワイ大学動物学Ph.D.(動物行動生態学)。著書に『科学でわかる男と女になるしくみ』。