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「どの口が愛を語るんだ」書評 現実が重くても 根拠なしでも

評者: 金原ひとみ / 朝⽇新聞掲載:2021年05月01日
どの口が愛を語るんだ 著者:東山彰良 出版社:講談社 ジャンル:小説

ISBN: 9784065223871
発売⽇: 2021/03/17
サイズ: 20cm/205p

「どの口が愛を語るんだ」 [著]東山彰良

 「猿を焼く」。随分挑発的なタイトルだ。そう思いながら読み始めると、本当に少年たちが猿を焼いていた。苺(いちご)農家をやろうと一念発起した軽薄な両親と九州に移住した少年が主人公。性格の悪いクラスメイト、主人公を殴ったあと団地から飛び降り九死に一生を得た不良、主人公が思いを寄せる、諦観(ていかん)に満ちた少女など、癖のある登場人物たちによって展開していく。
 「イエス・キリストがこの町で生まれたら、やっぱり改造オートバイに乗っていたかもしれない」。この言葉に象徴される田舎の閉塞(へいそく)感、そこに風穴を開けるかと思われた主人公の恋心もまた、重たい現実に埋もれていく。猿を焼くに至る、脆弱(ぜいじゃく)な愛の軌跡が描かれている。
 「恋は鳩(はと)のように」では、台湾に住む同性カップルが描かれる。同性婚の合法化に喜ぶ何安得(アンディ)と、「他人が選ばない生き方をすることに意味があると思っていた」ため素直に喜べない詩人の地下室(ペンネームである)。何安得(アンディ)も含め、地下室を取り巻く人々が、彼の詩を自分に都合の良いように解釈し一喜一憂する姿はユーモラスで、同時に身勝手な恋愛感情への皮肉めいた疑問が提示される。
 最後、「無垢(むく)と無情」に於(お)いて、その疑問は更に拡大する。ゾンビが蔓延(はびこ)る世界で、生き延びた者たちのオンラインミーティングが繰り広げられ、感染した家族を殺すべきか、殺して自分も死ぬべきか、生きる覚悟を持つべきなのか、極限状態を迎えた人々は剝(む)き出しの愛を闘わせる。
 「どの口が愛を語るんだ」。読了後、このタイトル通りの思いに占められた。だがしかし実際の所、誰が語る愛にも根拠や信憑性(しんぴょうせい)などない。本書に収められた四編は、正誤のない「愛」というテーマに、違うかもしれないけど、とおずおずと提示された四つの提案だ。そこには、どんな口でも愛を語る他ないんだ、という諦めに似た覚悟が込められていた。
    ◇
ひがしやま・あきら 1968年、台湾生まれ。『流』で直木賞。『僕が殺した人と僕を殺した人』で読売文学賞など。