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「虚像培養芸術論」書評 複製技術の時代を横断的に観察

評者: 生井英考 / 朝⽇新聞掲載:2021年05月29日
虚像培養芸術論 アートとテレビジョンの想像力 Art Criticism and 1960s Image Culture 著者:松井 茂 出版社:フィルムアート社 ジャンル:芸術・アート

ISBN: 9784845920303
発売⽇: 2021/03/24
サイズ: 20cm/309p

「虚像培養芸術論」 [著]松井茂

 「虚像培養芸術」という言葉にはどこか懐かしい未来の響きがある。
 「一億総白痴化時代」と揶揄(やゆ)されたテレビ文化の伸長で実体が希薄化したと感じられる時代を、不安と興奮半ばする態度で受けとめ、前向きの駆動力にしようとした「あのころ」の響きだ。
 それは先の東京五輪から先の万博へと至る時期で、政治的にはベトナム戦争の激化と反戦運動の高揚、社会的には受験戦争と公害問題の噴出、風俗的にはヒッピーとサイケの出現と、戦後史の中でも世相のめまぐるしさできわだっていた。
 本書はそんな時代の全体像を「美術」を機軸に捉えようとした芸術論である。
 「虚像培養」は当時最も精力的な美術評論家の一人だった東野芳明(とうのよしあき)の言葉で、直接には1965年から翌年にかけての滞米記『アメリカ「虚像培養国誌」』に由来する。写真から映画、テレビへと複製技術が発達し、社会には「虚像」があふれ出す。その象徴が、東野がいち早く日本に紹介したポップアートだった。
 このあたりの美術の受容史は池上裕子著『越境と覇権』にくわしいが、本書は枠組みを拡張し、東野から横尾忠則、自称「アーバン・デザイナー」磯崎新、テレビディレクター今野勉らのマルチメディア的な活躍を横断的に走査してゆく。
 「走査」と書いたが、75年生まれで「あのころ」を知らない著者の観察は、さながらスキャナーの走査線で史料を読みとるかのようだ。あるいはユーチューブで昔の映像を閲覧するような、といえばいいか。
 いま「虚像」といえば大学の授業から株主総会まで何でも呑(の)みこむ「オンライン会議」に尽きるだろう。あの画面には文字通り「遠近」がなく、つまりは奥行きのない縁しか生まない。しかし10年前の震災でテレビ速報とネット情報の「虚像と動画が入り交じる体験」が本書の契機となったという著者は、現下の状況にも何か違う可能性を見ているかもしれない。
    ◇
まつい・しげる 1975年生まれ。詩人、情報科学芸術大学院大准教授。共編著に『虚像の時代』など。