
TOPPANホールディングス(HD)が運営する印刷博物館(東京都文京区)の新館長に、小説家の京極夏彦さんが就任した。「印刷という発明は、人間のコミュニケーションを大きく変えた。印刷あってこその文化があり、その歴史を伝え、守り、今後につなげるという非常に貴重な場所になる」と意気込んでいる。
京極さんは小説家としてデビューする前、デザイン事務所や広告会社に勤務していた。二十歳前後のころには、仕事で凸版印刷(当時)の板橋工場に出入りしていたという。
「僕は工場の地下にあった窓のない出張校正室で若き日を過ごし、成人式を迎えた。そのくらい長くお付き合いをしている。喫煙習慣ができたのも凸版さんのおかげ。凸版というと、哀愁と郷愁と、ほんのちょっとの嫌悪感がない交ぜになる」
印刷博物館は2000年に開館し、グラフィックデザイナーの粟津潔さんらが館長を務めてきた。次期館長は、印刷と縁の深い文芸界から探すことに。社外取締役を務めていた講談社の野間省伸社長に相談し、京極さんを紹介してもらい、就任を打診した。4月1日付で、契約は1年更新という。
前館長でTOPPAN HDの金子眞吾会長は「グラフィックに明るく、日本の印刷物に深い知見をお持ちの京極先生にご快諾いただけたことは望外の喜び。できるだけ長くやってほしい」と歓迎した。
京極さんは「本はできるだけ身近にあるほうがいい」というのが持論だ。ただ「紙に拘泥することはない」とも言う。「紙に出力しなきゃ印刷でない、という考え方自体が古い。我々はデジタル化も、その先も含めて、印刷という概念を博物学的に見せていく施設でありたい」
著名人館長としてただ前に出て集客に注力するだけでは「趣旨とはズレる」と言い切る。「学芸員、スタッフと一丸となって、いままでにないようなアプローチ、プレゼンテーションができないかと考えたい。僕でないと思いつかないことがあれば積極的に助言もしたい」と、新たな企画の提案にも意欲を燃やしている。(伊藤宏樹)=朝日新聞2025年5月7日掲載
