平昌(ピョンチャン)オリンピックで、フィンランドのスノーボードチームのコーチが試合中に編み物をしていて話題になったことがあった。この大事な時に何をやってるんだ? と面白く見ていたが、あれは緊張や不安を解消し、リラックスするためのテクニックだったらしい。
編み物の経験などまったくなかった私だけれども、あのおかしな映像は記憶に残り、新型コロナでストレスが溜(た)まりっぱなしの今、ふと脳裏によみがえってきた。たしかに編み物は心に効きそうな気がする。毛糸がふわふわして気持ちいいからだろうか。
そこで今回は編み物雑誌の「毛糸だま 手あみとニードルワークのオンリーワンマガジン」を読んでみた。
誌面を開いて最初に感じたのは、毛糸は色がきれいだということ。編み物もファッションと思うとハードルが高いが、糸で描く絵と思えば楽しそうに見えてくる。
ただ自分がそれをすることに抵抗がないと言えば嘘(うそ)になる。男子が家庭科をほとんど学ばない昭和時代に育った私には、編み物イコール女性のものという意識が残っているようなのだ。
でもスノーボードのコーチは男性だったし、べつに男がやって悪いという法はない。と思ったら「毛糸だま」にも「編み物男子」という連載ページがあるのだった。最新号ではイギリスの大学で学んだファッションデザイナーの男性が登場。その人の作品はイソギンチャクのようだったり巨大なヤギに似た動物の頭だったり、通常のニットのイメージを超えていて、面白いアート作品を見せてもらった気分だ。
さらに読み込んでいくと、読者の悩みを解決するコーナーに男性編集部員が登場していたり、編みキノコ作家という職業の男性も文中に出てきたりして、この世界にもかなり男性が入り込んでいるようだ(編みキノコ作家って何だ?)。
未経験者の私には、本誌に出てくる内容は単語レベルでわからない部分も多く、誌面の後半に出てきた、暗号のような「編み目記号」を使った図はチンプンカンプンだったけれど、こうした設計図に則(のっと)って、時間をかけて編みあげていく過程には惹(ひ)かれるものがある。悩みを忘れて無心になれそうな気がするのだ。
さらに実は編み機の存在も気になっている。子どもの頃、母が編み機でセーターを編むのを魔法を見るように眺めていたのを思い出す。一度あれを触ってみたかった。
んんん。〈沼〉の予感がするぞ。ハマると抜けられない〈沼〉の予感が。=朝日新聞2021年6月2日掲載