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光文社・三宅貴久さんをつくった筒井康隆「文学部唯野教授」 閉じた学内での保身と出世を、露悪的に

 高校の同級生が貸してくれた『農協月へ行く』を読んだ時、こんな不謹慎な小説が許されるのかと驚いた。夢中になり、高校から大学にかけて筒井の作品を読みあさった。スラップスティック、ブラックユーモア、SF、ジュブナイル。特に『虚航船団』『夢の木坂分岐点』などメタフィクションにはまった。筒井が勧める純文学や海外文学にも手を伸ばした。また時はニューアカ時代の末期。浅田彰の『構造と力』はもちろん、記号論や構造主義など現代思想の概説書を乱読した。

 筒井の真骨頂が本書だ。架空の大学を舞台に大学教員たちのドタバタが展開する。学問的成果などどこ吹く風、閉じた学内で保身と出世を求めて上司にこびへつらう様が面白おかしく露悪的に描かれる。物語の軸の一つは、助手の昇格問題。今も昔も研究者の就職は狭き門だ。1990年初版の内容が現在と大して変わらないことに驚く。

 異彩を放つのは、各話で披露される主人公・唯野仁による「文芸批評論」講義。「印象批評」から「ポスト構造主義」までの9講で、難解な理論のエッセンスが冗舌口調で語られる。低俗な人間模様と“高尚”な知の融合がたまらない。

 唯野は講義で言う。「小説を書いているのは筒井康隆だけど、今ぼくが筒井康隆って名を出したとたんに彼はこの小説の中へ引きずりこまれ……」。フィクションとリアルの境界があいまいになる手法に興奮した。

 本書から学んだ、難解なことを面白く伝える工夫、メタ的な仕掛けは、今も意識している。=朝日新聞2021年6月9日掲載

 ◇みやけ・たかひさ 70年生まれ。『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』などを編集。