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クレイン・文弘樹さんがつくった「カステラ」 ユーモラスに挫折労り合う

 ずっと韓国の小説を刊行したかった。現代の若者が主人公の作品を。会う人ごとに尋ねた。面白い韓国の小説を知りませんか。そして出会ったのが短編集『カステラ』だった。日本文学研究者の朴裕河(パクユハ)さんに教えてもらった。韓国の出版社に連絡を取ると、折り返し日本語の要約文が送られてきた。それには正直、驚いた。すぐに一読して、これはいけると思った。その中の一編「コリアン・スタンダーズ」にシビレた。いまなお農村に舞台を移して活動するかつての学生運動の闘士と、いまは都会のマンションに暮らす会社勤めの後輩。学生運動に挫折した者同士が時を経て労(いたわ)り合う。学生が社会を変えてきた韓国ならではの景色がユーモラスに描かれていた。

 あとは訳者だ。どこで聞きつけたのか、「韓国文学翻訳院」から連絡が来て、日本語訳を用意しているので使ってほしい、と言うではないか。さすが韓国の「ソフトパワー」。ただもう少し訳文を練りたかった。その頃に偶然、斎藤真理子さんと出会った。それからは訳者2人とのチームワークで刊行にこぎつけた。発行日は4月19日にした。この日は、1960年の韓国「4・19学生革命」記念日だ。思いが届いたのか、刊行の年に創設された「日本翻訳大賞」に輝いた。この受賞が近年の韓国文学の活況をもたらしてくれているならうれしい。授賞式は刊行翌年の4月19日だった。=朝日新聞2022年3月2日掲載

 ◇ムン・ホンス 61年生まれ。在日3世。クレイン代表。刊行書に『佐藤泰志作品集』など。著書に『こんな本をつくってきた』。