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「模倣の罠」/「権威主義の誘惑」 冷戦後30年の混迷解く見取り図 朝日新聞書評から

評者: 犬塚元 / 朝⽇新聞掲載:2021年06月12日
模倣の罠 自由主義の没落 著者:イワン・クラステフ 出版社:中央公論新社 ジャンル:社会思想・政治思想

ISBN: 9784120054303
発売⽇: 2021/04/20
サイズ: 20cm/347p

権威主義の誘惑 民主政治の黄昏 著者:アン・アプルボーム 出版社:白水社 ジャンル:政治・行政

ISBN: 9784560098363
発売⽇: 2021/04/28
サイズ: 19cm/203,11p

「模倣の罠」 [著]イワン・クラステフ、スティーヴン・ホームズ/「権威主義の誘惑」 [著]アン・アプルボーム

 冷戦後の30年は、どんな時代だったか。自由民主主義の勝利で、歴史は終わった。冷戦終焉(しゅうえん)直後のそんな楽観論では、この30年を説明できない。自由民主主義は各地で揺らいだ。ポピュリズムや権威主義について議論は絶えず、ディストピア小説も流行している。
 2人の政治学者による『模倣の罠(わな)』は冷戦後の30年を「模倣の時代」と捉える。モデルとして唯一残った西洋の自由民主主義。それを模倣すべきとされた時代だ。しかし、模倣は反逆を生んだ。
 模倣する側とされる側は対等ではない。模倣は、羞恥(しゅうち)や屈辱や敵意の感情を生む。模倣対象は実は優れていないと分かれば、幻滅も生じる。「模倣の政治」へのこうした反発が、反自由主義や排外主義のルーツとなった。『模倣の罠』はこのように「模倣」に注目して、欧州連合(EU)に統合された中東欧の感情的反発を巧みに説明する。
 さらにロシアとアメリカにも別の「模倣の政治」があった。アメリカ大統領選挙干渉など、ロシアによる他国への介入や干渉は、欧米の悪(あ)しき外交の「鏡映し」。ロシアはこうした模倣を通じて欧米の偽善を暴いて復讐(ふくしゅう)した。模倣される側のアメリカでもトランプは模倣に反発した。模倣する側の移民や中国が利益やアイデンティティーを奪っているというのだ。
 その中国の台頭が「模倣の時代」の終焉をもたらした。中国は影響力は求めるが模倣される地位はめざしておらず、多元的で競争的な世界に回帰するだろう。これが『模倣の罠』の近未来予測だ。
 『権威主義の誘惑』は原題が「民主政治の黄昏(たそがれ)」。複雑さや多様性を嫌う人、異議申し立てや論争に怒りや不安を感じる人は、権威主義に誘(いざな)われる。そして陰謀論が、特権的に真実を知ったとの満足を提供する。それは、かつてのイデオロギーほど壮大でないという意味で「Mサイズのうそ」だ。
 本書はとくに、権威主義を手助けする知識人に注目する。著者アプルボームは、ソ連の収容所をめぐる歴史書でピュリツァー賞を受賞したジャーナリストで、右派と目されてきた。そんな彼女も、陰謀論を語るかつての友人や仲間たちに困惑する。本書は仲違(なかたが)いや分断のエピソードを手がかりに、中東欧、イギリス、アメリカにおける民主主義の黄昏を語る。
 「適当な条件がそろえば、いかなる社会も民主政治に背を向け得る」。だが、「終わらない歴史」と題する最終章は、仲間との協力に夜明けの可能性を見ている。
 大きな見取り図を示すこれらの本は、『模倣の罠』訳者解説で立石洋子が論じるように、データにもとづく分析と併読したい。中井遼『欧州の排外主義とナショナリズム』(新泉社)がお奨(すす)めだ。
    ◇
Ivan krastev 1965年生まれ。ブルガリア出身の政治学者▽Stephen Holmes 1948年生まれ。米ニューヨーク大ロースクール教授▽Anne Applebaum 1964年生まれ。歴史家、ジャーナリスト。