コロナ禍で苦境に置かれた飲食業。本書は、異常事態が始まった2020年の状況を、シェフたちの証言でつづった「時代の記録」だ。
人気グルメ雑誌「dancyu」などに連載を持ち、食や酒をテーマに取材執筆をする著者。本書のもとになったシェフへのインタビューは最初、ウェブで発信された。きっかけは、あるシェフの「他の店が何を考えているか知りたい」というつぶやき。3月下旬、感染拡大の緊張が高まるも飲食店への補償は発表されず、SNSには飲食店主の「何が正解かわからない」と悩む声があふれていた。「自主休業するお店は『お宅は人気があるから余裕があるね』と皮肉られ、営業を続けるというと『みんな自粛しているのに』と非難され、分断が深まっていた」
4月と5月、34人の店主らが電話取材に応じてくれた。開店半年のイタリア料理店や創業88年の焼き鳥屋……。どの証言にも資金繰りや感染対策、テイクアウトをするかどうかなどをめぐる苦悩と葛藤が刻まれている。一方で、営業時間は制限され、客足が失われていくなかで、本当に守りたいものは何かを考え抜いた言葉には料理人のプライドがのぞく。「書きながら自分が励まされていた」と振り返る。
「逆境に強いと感じたのは、人気じゃなくて、お客との信頼関係を築いているお店。生産者、醸造家、従業員……お店を支えてくれている人たちの大切さにあらためて気づかされたシェフも多かった」
コロナ前の飲食業界は、東京五輪を控えた好景気で「すしバブル」という言葉さえあった。それは雲散霧消したが「もう元に戻りたいという声は聞こえません」。シェフたちの証言には、逆境の「気づき」から生まれた新しい挑戦の芽が、すでに顔をのぞかせている。(文・久田貴志子 写真・篠塚ようこ)=朝日新聞2021年6月19日掲載