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村上春樹の短編小説を映画化した「ドライブ・マイ・カー」出演の三浦透子さん 己と向き合って、諦めて、前に進む

運転練習が役作り

――本作は村上春樹の『女のいない男たち』の中に綴られている同名短編小説をもとに作られていますね。同作に収録されている「シェエラザード」「木野」のエピソードも投影されています。原作を読んだ印象を教えてください。

 最初に映画の脚本を読んでいたということもあって、原作を読んだときは、なんか不思議な感覚でしたね。映画では、家福さんやみさきの設定が脚色されていたり、新しい要素が増えていたりするけれど、「ドライブ・マイ・カー」という短編が持つ根幹というか、匂いや空気が拡張されているような脚本になっているなと改めて感じて。面白いなと思いましたね。

 原作のみさきを好いてくださっている方には映画がどう見えるのかなと思うんですけど、でもなんか、不思議と遠くないような気もして。みなさんの反応が不安でもあり、楽しみでもあります。

――三浦さんが演じたヒロインの「みさき」は、西島秀俊さんが演じる、舞台俳優で演出家の「家福」の愛車を運転するドライバーです。寡黙で、決して多くは語らないけれど、重たい過去を背負っています。

 濱口監督がたくさん運転練習の時間を作ってくださって「運転練習がみさきの役作りだと思ってください」とおっしゃったんですね。確かにそうだなと思う瞬間がありました。やっぱり運転って、本当に気遣いができる人じゃないとできないというか、視野が広くないとできない。運転しながら、人と会話するのは、ものすごく難しいことだと分かったし、でもそれができるのは、何に長けているからなんだろう......などと考えることで、みさきに近づいて行ったような気がして。車に乗っている時間からたくさんヒントをもらったなという気がします。

 みさきは、人との関わりにいろいろ傷ついてきた女性だと思うんですけど、彼女が車を好きになった理由をずっと考えていて。人とコミュニケーションする中で、「こういう風に言いたかったのに伝わらない」といった誤解やすれ違いがたくさんあったはずなんです。でも、車は「前進んで」と言ったら、ちゃんと進んでくれるし、「右に曲がって」と言ったら右に曲がってくれる。すごく信用できる存在というか、ちゃんと自分の体の反応にダイレクトに応えてくれるという気がするんですよね。

©2021『ドライブ・マイ・カー』製作委員会

――運転はお好きだったのですか?

 運転免許を持っていなかったのですが、もともと車は大好きで。ガソリンスタンドでバイトしていたぐらいなんです。やっと車と触れ合える役に出会えて、とにかく楽しかったですね。撮影前に運転練習もたくさんさせてもらえたので、ありがたかったです。

――運転した車は「サーブ900」でしたね。スウェーデンの航空機メーカーの自動車部門ブランドで、日本でも1980年代に輸入されて人気の車です。原作では黄色のサーブ900コンバーチブルという設定ですが、映画では赤い車体のサーブ900のサンルーフで存在感がありました。

 サーブって、それなりにクセのある車なんですよ。左ハンドルだったり、アクセルを強めに踏まないと動いてくれなかったり。でもサーブに慣れてしまったので、たまに別の車を運転すると、あまりうまく運転ができません。むしろ今はサーブが一番乗りやすいぐらいです(笑)。

©2021『ドライブ・マイ・カー』製作委員会

――みさきは運転するシーンがたくさんありますが、やはり、広島から北海道までの長距離ドライブのシーンは見どころですね。

 いろいろなことを考えながら、広島から北海道までずっと車で運転していると、本当に車と会話しているような気持ちになる。みさきという役を通して運転できてなかったら味わえていなかった運転の魅力や見られなかった景色が絶対あったなと思います。

自分の大事なものを守るために

――ご自身とみさき役との共通点は何か感じられましたか?

 みさきほど、私は“ひどい大人”と触れ合ってきたわけではないですけど、でも子どもの頃から仕事をして、大人と触れ合う機会は多かったんですね。もちろんみんながみんな信用できる人ではないと知ったし、いろいろと傷つくこともあった。その中で、自分の大事にしたいものを守るためにどうしたらいいかと思案してきたんです。そういう過程は少しみさきに近いようなところはあるような気がします。

 人の反応とかに敏感になったり、人の顔色の変化や、言っている言葉の裏に気づきやすくなったり。他の人より見えるものが少し多いところは、自分の中にもある要素だと思います。

――三浦さんを見た瞬間、濱口監督が「みさきだと思った」と語ったそうですね。

 濱口監督とはじめてお会いした時に「真っ先にみさきだと思いました」と仰ってくださって。でも、その時点では、私のお芝居を見たことがなかったそうなんですね。芝居というよりは、パーソナルなところでオファーしてくださっているので、何か近しいものを感じてもらったんだろうなと思います。

 濱口監督は「自分が素敵だと思う俳優さんはみんな声に芯がある」と仰っていました。本読みをするときも、そういう芯のある声をみんなに出してもらうよう、アプローチをされていましたね。私自身、歌も歌うので、単純に声について考えることはめちゃくちゃ好き。どういう距離感で、どういう響きを持って、声を発するのか、研究しがちなんです。

 濱口監督は割と芝居に関して、抽象的なオーダーをする方で「相手の心を柔らかく、でも強く鳴らしてみてください」とかおっしゃるんです。それで、私が具体的に声にしてみると「何やったんですか?」と聞いてくださるので、「今はですね、息の量を増やしてみました!」みたいに研究していました(笑)。

いろいろあるけど、生きていかなきゃ

――好書好日は本の情報サイトなのですが、ふだん本は読みますか?

 1日1冊読める人なんですけど、毎日読むかというとそうではないので、ムラがありますね。読む時は読むけど、1カ月ぐらい読まない時もあったり。高校生ぐらいまではフィクションを好んで読んでいたんですけど、数学を学んでいたので最近は数学の本や建築関連の本、エッセイを読むことが多いです。

――映画を楽しみにしている読者へ、メッセージをお願いします。

 この映画に出てくる人たちは、何かしら心に傷を負っています。でも、それぞれがしっかりと傷と向き合って、何かをちょっと諦めて、仕事をして生きていく。全力で背中を押してくれる作品ではないかもしれないですが、「いろいろあるけど、仕事して、ちゃんと生きていかなきゃ」と静かに思える映画だと思うんですね。

 今はいろいろと苦しい状況で、予想しなかったことが起きている人が多いと思います。少し気を楽にしてくれるような映画でもあるのではないかなと思うんです。どういう風に受け取ってもらうかは人それぞれだと思いますけど、少なくともこのキャラクターたちが十分己と向き合って、諦めて、前に進む姿が、誰かの心に届いた時に、少し気持ちを楽にしてあげられる。そんな力を持っている作品かなと思います。