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映画「キャンドルスティック」主演・阿部寛さんインタビュー 「経験したことがない世界観に挑戦」

阿部寛さん=junko撮影

大海原に横たわっているような感覚

――FX(外国為替取引)を題材にした川村徹彦さんの小説をもとに、映画はほぼオリジナルのストーリーになっていましたが、最初に脚本を読んだ感想を教えてください。

 最初に読んだ時は、分からないことがたくさんあって「不思議な脚本だな」と思いました。まるで大海原に横たわっているような、不思議な感覚になる世界観だなというのが第一印象でした。

――タイトルの「キャンドルスティック」とは、金融商品の価格変動を視覚的に表した価格チャートの形式のこと。ともすれば難解になりかねないストーリーを、リアルとフィクションが絶妙なバランスで描かれていたなと思いましたが、阿部さんは完成した映画を見ていかがでしたか?

 まず心に残ったのは、非常に美しい映画だということです。そして、これまであまり目にしたことのない独特な作品だと感じました。国際共同制作という点も印象的で、脚本を読んだ段階では、これをどう映像化するのか正直想像がつきませんでしたが、完成した作品を観て、その世界観や表現に自然と納得できました。

 本作は、日本・台湾・イラン・ハワイなど世界6都市が舞台になっていて、それぞれのパートが描かれているのだけど、ネット上で同じチャートの画面を見て各々が戦略を企てていて、そこで関係がつながっているように思えたんです。別々で撮影したものをひとつの世界観としてちゃんと成り立たせているというのは斬新な作り方だし、新しい合作になったなと思いました。

世界各地の個性がひとつの世界観に

――海外パートもそれぞれしっかりと描かれていましたね。

 これがもし、全員同じ現場でやっていたら普通の合作になってしまっていたと思うんですよ。でも今作は、イランはイランのパートだけ後日イランで撮影しているし、ハワイはハワイのパートだけ、台湾のパートだけは僕も台湾に行って、かつて野原たちを陥れた大企業の幹部・リンネ(アリッサ・チア)と、その母親を面白くなさそうに思っているひとり娘のメイフェン(タン・ヨンシュー)と撮影してきました。映画として見た時に、多国籍な世界観がとても面白かったです。

 脚本を読んで、他のパートをみなさんがどう演じるか分からなかったので、完成した作品を見た時には納得しました。

――どんなところに「美しさ」を感じましたか?

 米倉(強太)監督は元々MV(ミュージックビデオ)を撮っている人だから、もっと映像美にもこだわってくると思っていたんだけど、人物の撮り方にしても、全体的な世界観が自然で美しいんですよ。作中で、キャンドルスティックを数字にした画面を見ながら、野原が杏子(菜々緒)に「数字の流れを色で感じるんだ。君にはこの美しさが分かるはず」というセリフがあるのですが、そのチャートの見せ方ひとつにしても美的感覚がすごくて、そういう映像美を作り出すのはきっと大変だったと思います。そのおかげで、僕自身そこに身を投じていて大海原に横たわっているような感覚になれたし、リンネをはじめ、みんなの芝居に深みが出てくるんです。

――本作が長編映画監督デビューとなる米倉さんとは、「MEN'S NON-NO」の先輩・後輩という関係ですが、「映画」という現場での印象やタッグはいかがでしたか?

 監督は気さくな人で、今作が初の長編映画だったそうですが、うまく力が抜けていて、後輩というよりも頼もしさを感じました。これまでも「MEN'S NON-NO」出身者には、俳優になる人もいたし、いろいろな世界に行く人がたくさんいたと思うんだけど、ついに監督が出てきたかと嬉しかった(笑)。今回ご一緒すると聞いて二つ返事で引き受けました。もともとMVなどを撮っているのでアート面のセンスもある人だから、彼との作品作りは面白かったですね。

「天才というのは繊細で孤独」

――ハッキングによる株価操作の罪で刑務所に収監された天才ホワイトハッカーという役をどう捉えたのでしょうか。

 野原という男はつかみどころがなくて、脚本を読んでもよく分からなくて、自分でもこのキャラクターをとらえきれていなかったんです。でも、天才という人は往々にそうであって。

 以前、特集で100年にわたる難問を解いた数学者のことを取り上げた番組を見たことがあるんです。その「天才数学者」といわれる人は、1週間部屋から一歩も出ず、その問題を解いた後、突然失踪するという謎めいた人物でした。それを見たイメージが自分の中に残っていて「天才というのはとてつもなく繊細で孤独で、普通の感覚の持ち主ではない」と思ったんです。その印象が、今回の野原に結びつきました。

――野原は罪の意識にさいなまれながらも、AIをだます計画の発案者となり、復讐を企てます。

 腹の中では密かに復讐心を抱えながらも、喪失感の中に生きている男が、自分と同じく数字が色で見える特殊な「共感覚」を持つ杏子と出会ったことで、少しずつ再生を図っていく、そのあまりにも繊細な二人の関係がこの映画の軸になっている。

 野原は騙されたことに対して、ずっと自分にも責任があると感じながら、心の中で葛藤していたと思います。刑務所を出たからといって、すぐに復讐しようとは考えていなかったでしょうし、彼のような天才的な頭脳を持つ人物は、いわゆる感情的なやり方では動かないと思ったんです。

 普通なら怒りに任せて行動するところを、野原は冷静に自分の立場や周囲の状況を見つめていた。そして復讐のチャンスが訪れた時、相手に対する怒りだけでなく、自分自身への懺悔の気持ちもあったんじゃないかと思います。だからこそ、野原の背中からは、どこか寂しさのようなものが滲み出るといいな、と意識して演じていました。

言葉は通じなくても感じるものは各国共通

――「今回のお話を頂いた際、ちょうど新たな挑戦を求めていた時期でした」とコメントしていましたが「自分の世界をまた新しく広げたい」と思った理由やきっかけがあったのでしょうか。

 俳優として、同じことをやりたくないという思いは常に持ち続けていますし、今までに経験したことがない世界観を持った作品や役に挑戦したいと思っています。挑戦の仕方にもいろいろあって、舞台だったら稽古から丁寧に作っていくし、ドラマだったら「視聴者をどう楽しませようか」と熱くなります。今回の現場では「素晴らしいものができる」と確信していたし、このチームが自分の新しい面を出してくれるだろうと期待していたので、そういう意味で、新しい挑戦でした。またひとつ自分の世界を広げてくれたなと思います。

――これまで、海外の作品にも出演していますよね。

 前にマレーシアで 映画を撮った時も、非常に面白かったですよ。各国それぞれの感性、生きている背景はみんな違うのだけど、ひとつの作品を作るという点で共通するところがたくさんあった。それを共有するのが非常にエキサイティングで楽しかった。言葉が通じなくても感じるものが同じだと分かり合える瞬間がある。また海外作品にも出たいですね。

AIも撮影現場も、10年後には違う世界に

――「AI」と人間の関係性や未来について、どのように考えていますか? 

 AIの発展によって、労働者や様々な職種の人間の仕事が奪われつつある。科学の発展は素晴らしいものだと思いますが、いつの世もそれが問題になるのはそれを軍事などに使ってしまうこと、映画「ターミネーター1」の冒頭のシーンがすでに現実化している。この「人間にとって都合よく便利」と言うのが今後人間社会にとって歯止めが効かないものになっていく。それが一番問題です。将棋の世界でも十数年前は、人間がまだ勝てたのに、もう今じゃ歯が立たないですからね。ターミネーターどころか、マトリックスの世界も将来ありえるかもしれない。それでも人間の利益競争は絶対に終わらないでしょうね。

――今は映像業界も大きく様変わりしていますね。

 最近でも、是枝(裕和)監督がスマホで全編を撮影した作品がありましたが、興味深いですよね。

 以前、「エヴェレスト 神々の山嶺」という映画を撮った際、登れる限界の高さの5,200mまで行ってロケをしたんです。危険な絶壁でカメラマンが重いカメラをくくりつけての撮影で、もしその時にスマホで撮れていたらもっとたくさんのカットを撮れたと思うし、時間も有効に使えたはず。きっとまたこの先の世界はどんどん変わっていくだろうし、10年後はまた全然違った撮影の仕方になっていると思う。撮れるものの可能性が広がっていくことは楽しみですが、昔のモノクロ映画は今観ても色褪せることなく、あの世界観は超えられないんだよなぁ。

――最後に、阿部さんの今後の俳優としての展望を聞かせてください。

 日本ではまだやったことがないような作品に挑戦していきたいということは、ずっと思っています。若い頃とは見た目も体力も変わってきているので、それも含めて役柄として楽しんでいけたらいいなと思います。

 年齢を重ねることでできる役も今後増えていくと思う。そのためには今まで以上の努力をしなければいけないと思う。その努力も楽しんでいきたいですね。近年はNetflixなどの動画配信作品も広がっているし、まだやっていない世界がたくさんあるので、これからも新しいことに関わっていきたいと思います。