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映画「でっちあげ ~殺人教師と呼ばれた男」木村文乃さんインタビュー 「“守る”と決めた女性は強い」

木村文乃さん= junko撮影

(C)2007 福田ますみ/新潮社 (C)2025「でっちあげ」製作委員会

綾野さんの動きから作られた薮下家の日常

――本作は実際に起きた事件をもとにしたルポルタージュを題材にしていますが、脚本を読んでどんな感想を持ちましたか。

 実際の事件のことは昔、ニュースなどで見たと思いますが、深く知ったわけではなかったので「そんなことがあったんだな」というくらいの認識でした。私はあげられる声はあげた方がいいと思っているのですが、今回の脚本を読んで、画面の向こうの誰かのことではなく、実際にその人たちに起きたこととして、見てくださる方々にも何か刺さるものがあればいいなと思いました。

――夫の薮下誠一を演じた綾野剛さんは、台本に書いていない部分の膨らませ方がすごかったと聞きましたが、特にどんなところにそう感じたのですか。

 現場に行くと、脚本に書かれているト書きの部分が綾野さんの手によって増えていたので、現場に入ってから「誠一さんはそういう動きをするんだ」と思うことが多くて。そこから薮下家の日常が作られていく様子を目の前で見ていた感じだったので、私は邪魔しないように、ついていくので精一杯でした。綾野さんは三池監督と事前にいろいろお話をされていて、お二人の作る空気や世界が、現場に入ると既にそこにありました。

――「教師によるいじめや体罰があった」と報道され、自宅にマスコミが押し寄せ、どんどん追い詰められ、衰弱していく夫の誠一をそばで支えるというつらい役どころでしたが、どのように役をとらえて撮影に臨んだのでしょうか。

 事前に三池監督から「希美さんってこういう人なんです。薮下家はこうなんです」ということを教えていただいたので、私が何か考えたり準備したりしたことはなく、監督を信頼し、その思いを大事にしていました。希美さんは家での誠一さんの感情や雰囲気には触れられるけど、彼が自宅から出て職場や外で何をしているかということは見ていないので、見守るしかなかっただろうし、希美さんは夫にできるすべてのことをしたと思います。

――停職6カ月を言い渡され、自暴自棄になった誠一に「事実じゃないことを事実だって、私は認めたくない」ときっぱり言い切ったことや、「私と勇気はあなたの味方だから」と言うシーンが特に印象に残っています。木村さんはあのシーンではどんな思いや感情がありましたか?

 あのシーンは10回以上テイクを重ねたんです。自分の中にあるいろいろなものをかなぐり捨てて、希美として必死にそこに立とうとしていました。

――ラストの方で希美の最期を知った時は、切なく苦しい気持ちになりました。

 希美さんが夫の判決を聞けないまま亡くなったということがとてもリアルで、私の中で大きかったことでした。こういうお話って、大体「この家族はその後幸せに暮らしました」という終わり方を思い浮かべるけど、今作はそういうラストではないし、誠一さんの「これでよかったんですよね」という言葉も「それが人の人生で、そういう人生に変えられてしまった」というところが衝撃的で、心に刺さるものがありました。

 もし希美さんが生きていたら、きっと「もっとこうしたかっただろうな」と思うこともあったので、せめて彼女が映像の中に映っている間だけでも、やりたいことや言いたいことを後悔のないようにしたいと思って演じていました。 

――完成した映画を見て、特に印象的だったシーンは?

 本編ではカットされているのですが、実は「幻のシーン」というのがあって、それは薮下家の家族の場面なんです。私も完成した作品を見て「あのシーンはなくなったんだ」と知ったのですが、その時に三池さんのこの作品に対する軸のブレなさや、監督という職業の真髄みたいなものを感じました。

 映画を最後まで見ていただくと分かるのですが、「家族」にフィーチャーした一瞬があって、それが希美さんにとっての希望だったんです。映画はエンターテインメントなので、希望や未来があるような作りにするのは、見てくださる方にとって心の栄養になると思うんですよね。でもそうじゃなく、三池監督がどうしてこの作品を手がけようと思って制作に踏み出したのか、この作品がテーマとしているものの大事さがブレなかったことに、ジーンときました。 

家族の存在の大きさを初めて芝居で感じた

――もし自分の大切な人を守るためにはどうすればいいのか、信じるためにできることは? など様々なことを考えましたが、希美の強さはどんなところから来ていたと思いますか?

「守る」と決めた時に強くなれるのが女性だと思うんです。それは生物的な本能なのかもしれませんが、人が何かに迷う時って、答えの出し方が分からないことに悩んでいることが多いなと思っていて「悩むのはそこじゃなくない?」って思うんです。例えば、ケンカをしている時に論点がずれ出して、「結局ケンカしている理由って何だったっけ?」となることってよくあるじゃないですか。悩みはそこだなと思うんですよ。そもそも何を悩んでいたの? ということを整理してみた時に、そこで押すか引くかがはっきり分かると思います。

 誠一さんは、自分がどうしたいのかという思いはあるけど、そのためにどうするべきなのかが分からなくて、目指すゴールはあるのにもがき方が少し下手なところがあるので、そばにいる人間としては、希美さんのように背中を押すしかないなと思いました。

――希美を演じていて、木村さんの中に初めて生まれた感情は何かありましたか?

 希美さんとしてはやはり家族がとても大事で、私自身もお仕事を続けて、生活をする中で家族にどれほど救われているかを日々感じています。その幻のシーンは誠一さんを息子と共に送り出すというシーンで、希美もそこにいるけど二人には見えていなくて。撮影をしたときに『どんな環境に追いやられても、支えてくれる人がいることで、人として立っていられるんだな」と痛感しました。私も自分の家族ができた時に、自分を育ててくれた家族の存在の大きさを改めて感じましたし、それをお芝居で感じられたのは初めてだったかもしれないです。

つぶやく言葉の先にいる人を思い出して

――本作から感じたことを教えてください。

 今のようなネット社会になる前にも、その一言で相手を傷つけることはあったはずなんです。そのことをもう一度思い出させてもらえるし、本作で描かれていることはその最上級だと思うんですよ。

 そこに相手がいると思ったら選ばなかったはずの言葉も、目の前にいない、面識がないと思うから自由に発言できてしまう。その感覚が「ネット社会だから」というワードの中に埋もれてしまっている気がしていて、自分がつぶやく言葉の先にいる人を、もう一度思い出すきっかけになる作品になると思っています。

――今作はルポルタージュが原作でしたが、「警視庁殺人分析班」シリーズや、『ザ・ファブル 殺さない殺し屋』など、小説やマンガが原作の作品に出演される際に心がけていることはありますか?

 自分でキャラクターを膨らませるというよりも、原作に忠実に演じたい、みんなが見たかった姿を体現しようと思っています。例えば「殺人分析班」は小説なので、文章の描写はあるけど画としての情報はないので、読者の方々の想像になるべく近づくようにと思っていましたが、「ザ・ファブル」のヨウコの場合、原作がマンガということもあり、料理をしている時の立ち方など特徴的な画があるので『きっとファンの方はここを見たいよね」というところを大事にしていました。

「曖昧」の良さを始めて知った『キッチン』

――以前は図書館通いするほど本を読んでいたそうですが、これまでどんな本を読んできましたか?

 わりと絵本が多いんです。というのも、私の母が大学で児童文学を学んでいたので、その影響で家に本が多くて、特に絵本はたくさんありました。子どもの頃は今のようなデジタルの時代ではなかったので、長時間お出かけする時は出発前に必ず本屋さんに寄って「好きな本を一冊買っていいよ」と言われていました。大人になってからは小説を読むことが増えましたが、その名残で今でも絵本は好きです。

 特に、大きな木が男の子にリンゴを差し出している表紙の『おおきな木』 (あすなろ書房)という絵本が大好きなんです。何年か前に村上春樹さんの翻訳で新しく出ましたが、「無償の愛とは何だろう」ということを描いていて、子どもに向けてというよりは大人に問いかけているような感じがします。

――大人になってから読み返すと、子どもの頃とは印象が変わる絵本もありますよね。

 それで言うと『ぼくを探しに』(講談社)ですね。丸形の「ぼく」が転がり、歌いながら、足りないかけらを探すという内容なのですが、ぴったりハマるかけらを見つけたけど、あまりに勢いよく転がるから自分のペースよりも早く進んでしまうんです。 幼い時はただ楽しくて、かわいい丸の旅のお話と思っていたけど、20代になって仕事が忙しい時に読んだら「ずっと転がれる方がいいじゃん!」と思ったんです。その後、自分の中で少し落ち着いた30代になってからは、ただがむしゃらに進むのではなく、止まることも覚えました。この本の意味が分かるところに今自分が来たなと思うと、深い絵本だなと思います。

――心が温かくなるような作品がお好きとのことですが、どんな作品が思い浮かびますか?

 大人になってから読んだ中で思い出深いのは、吉本ばななさんの『キッチン』(新潮文庫)です。うちの親は竹を割ったような性格で、猪突猛進なタイプなんです。なので、0か100しかないと思っていた私に、初めて「曖昧」の良さや、数字で測れないものを教えてくれたのが『キッチン』でした。

 最近は台本に追われていて、あまり本を読む時間が取れないのですが、最後に読んだと記憶しているのは『看守の流儀』(宝島社文庫)です。ドラマ化されて自分が演じるにあたって読んだのですが、久々に物語にどっぷりつかりました。