トークイベントで話すために、ガブリエル・ガルシア=マルケス『族長の秋』を二十年ぶりに読み返した。『百年の孤独』で知られるコロンビアの作家。マジックリアリズムと呼ばれる日常と非日常が混ざり合った表現が特徴で、この小説は二百年以上も君臨するある独裁者の話だ。
改行がなく文字びっしりの長編で、最初は読みにくそうと思ったのが、すぐに夢中になって読んでしまった。時間が螺旋(ら・せん)のように進む、幻想的で濃密な世界が強烈に心に刻まれた。以来二十年、小説をたくさん書いたり読んだりしてきた今、あらためて読んでみると、奇想天外なことが次々起こったり多数の人物の語りが入り交じったりするのに、とても緻密(ち・みつ)に構成されているし、以前より独裁の状況をリアルに感じたりして、ますます面白さがわかり、イベントでも話が盛り上がった。
この本と出会ったのは、大阪市立中央図書館だった。当時、作家デビューはしたものの仕事はほとんどなく、自転車で通っていた中央図書館でたまたま手に取った。ラテンアメリカ文学との出会いでもあったし、わたし自身が書く小説とは全然違うと言われたりするが、複数の声が響く話法などは多少なりとも影響を受けている。なによりとんでもなくすごい小説を読んだ衝撃は、小説を書き続ける糧になってずっとわたしの中にあったんだと思う。
『族長の秋』は1975年の出版だ。その二十五年後に地球の裏側の図書館でわたしは手にした。この1冊に衝撃を受けて作家になったなんてわかりやすい話ではないが、わたしの中でずっと減らない糧だった。本は、こんなふうに時間をかけて遠くに響いていく。図書館も、調べたり読書したり勉強したりした人のその後の人生を支えているだろう。今は短期間にお金や数字で表れる効果ばかりが「役に立つ」と言われがちだけれど、人にとって必要だったり力になったりするものはすぐに計れるものだけではない。わたしたちはそれを経験としてよく知っている。 =朝日新聞2021年6月30日掲載