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「清六の戦争」書評 時代に流された身内に向き合う

評者: 藤原辰史 / 朝⽇新聞掲載:2021年07月31日
清六の戦争 ある従軍記者の軌跡 著者:伊藤 絵理子 出版社:毎日新聞出版 ジャンル:伝記

ISBN: 9784620326863
発売⽇: 2021/06/14
サイズ: 20cm/190p

太平洋戦争末期、爆撃下の洞窟で新聞を作り続けた東京日日新聞の従軍記者、伊藤清六。日米激戦のさなか新聞は何を伝え何を伝えなかったか。最期の時まで新聞を作り続けたひとりの記者…

「清六の戦争」 [著]伊藤絵理子

 新聞記者が時代に流されて権力批判を怠った罪を問う作品である。その罪とは、敵兵の大量殺害を美化する記事を書いた罪であり、国際法違反であった捕虜の殺害も女性や子どもの殺害も報じなかった罪である。
 現役の毎日新聞記者が、前身の新聞で記者をやっていた曽祖父の弟、伊藤清六を文字史料と現地調査の両面から追う旅の記録だ。
 清六は、岩手の貧村に生まれ、苦学の末に宇都宮高等農林学校に合格、新聞配達をしながら勉強に打ち込む。在学中「僕はトルストイのように一生苦しんで最後に農村で死ぬのだろう」と語っていたという。
 だが、清六は農村に戻らなかった。東京日日新聞で農民の側に立った農政記者として健筆を振るう。
 その後、日中戦争で彼は従軍記者となり日本軍の勝利を喧伝(けんでん)するようになる。農村出身の清六が、中国穀倉地帯で食糧や住居を奪われたはずの農民たちが歓迎する場面を描く。一九三七年の南京事件に居合わせた清六は、捕虜や民間人の殺害の記事は書いていない。そこで、著者は南京の虐殺を伝える「紀念館」に、自分の子どもたちと一緒に向かう。日本の加害行為を示す展示の文脈で、記者の集合写真に納まる清六を見て「申し訳なさといたたまれなさ」を感じながら帰る場面に、私も心が重くなった。
 戦争末期にフィリピンに異動となった彼は、山地に逃れ、日本軍の陣地の洞窟でわら半紙のガリ版刷りの陣中新聞「神州毎日」を発行する。戦況を伝え、随筆や川柳などの投稿を募集、恋愛小説などの娯楽も提供した新聞で、明日には死ぬかもしれぬ兵士たちの人気を博した。享年三十八。死因は餓死だった。
 「神州毎日」の現物はまだ確認されていない。陣中新聞が本国の新聞よりも新聞の本分に忠実であろうとした事実は重い。自分が属する職業組織の罪に向き合うことは、その職業の可能性に火をともす作業でもあると、本書に励まされた。
    ◇
いとう・えりこ 1979年生まれ。毎日新聞記者。本書の元になった連載で平和・協同ジャーナリスト基金賞奨励賞。