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江戸川乱歩「怪人二十面相」 弾圧の時代に推理小説へ

えどがわ・らんぽ(1894~1965)。推理作家

平田オリザが読む

 この連載で見てきたように、岸田国士、堀辰雄、高村光太郎と、昭和初期の文学者たちは、かの戦争についてそれぞれの生き方、向き合い方を選択した。

 日本の推理小説の開祖江戸川乱歩もまた、その一人だった。エドガー・アラン・ポーから筆名をとった乱歩は当初から日本に新しい探偵小説を生み出そうと研鑽(けんさん)する一方、「人間椅子」「芋虫」など猟奇的な短編を書いて注目を集めた。

 しかし一九三○年代も半ばを過ぎると、こういった倒錯的な作品も風当たりが強くなってくる。実際、四肢を失った傷痍(しょうい)軍人の夫を、妻がもてあそぶという内容の「芋虫」は、刊行から十年も経った三九年に発禁処分となっている。

 時局を鑑みれば、今後は自由な表現はなかなか難しいだろうと感じた乱歩は、作品発表の場を少年雑誌へと移していく。講談社の「少年倶楽部」に発表された『怪人二十面相』は大ヒットとなり、読者の幅を大きく広げる結果となった。

 探偵小説の一つの特徴は、他の文学作品と異なり、一人の名探偵がいくつもの作品に登場する点にある。古くはシャーロック・ホームズあるいはエルキュール・ポアロ。『怪人二十面相』の主人公明智小五郎は、日本におけるその先駆となった。そればかりか悪役側の怪人二十面相、明智探偵とともに悪と戦う少年探偵団も人気を博し、戦後、映画化、ドラマ化が続く。

 戦前を代表する少年誌「少年倶楽部」は七十五万部という当時としては圧倒的な発行部数を誇った。人気の連載は田河水泡の戦争漫画「のらくろ」、平田晋策(私の大叔父)の「昭和遊撃隊」「新戦艦高千穂」といった子供向けのSF軍事小説だった。

 現在、東野圭吾さんから『名探偵コナン』に至るまで、日本の推理小説、ミステリーは極めて幅広い展開を見せ、海外でも高い評価を得ている。その基盤を作ったのは紛れもなく乱歩だが、その背景に戦前の言論弾圧があったことは、あまり知られていない。=朝日新聞2021年8月21日掲載