ISBN: 9784622090083
発売⽇: 2021/06/23
サイズ: 22cm/313,15p
「マクルーハン発言集」 [著]マーシャル・マクルーハン
その昔、大学生になりたての若者が必ず受講した「一般教養」の授業では、よく名物教授と呼ばれた先生が立て板に水の講義を聞かせてくれたものだ。話は脱線ぎみだったから優等生は渋い顔をしたが、いまにして思えば脱線や飛躍の裏には確かな連想の筋道があって、それが臨機応変な「教養」の発露だったことがわかるのである。
本書を手にして、ひさしぶりにそんな昔のことを思い出した。
著者は「メディア学者」という妙な肩書で呼ばれることの多かったマクルーハンだが、その本質は明らかに英文学の先生、それもかの「一般教養」の先生である。本書でもバーナード・ショーとジョイスの逸話から始めて口誦(こうしょう)文化と古代ギリシャの伝統を経て電子時代のコミュニケーションを語り、18世紀の風景絵画やフローベールとボードレールの話からテレビ時代の認識論へと至るあたりに、名物先生の面影がしのばれる。
もっとも本書は短い講演やシンポジウムなどの記録集だから、『グーテンベルクの銀河系』のようなうねうねと続く大山脈のごとき博引旁証(はくいんぼうしょう)はなく、さながらマクルーハン理論のダイジェスト版といってもいい。またそれゆえにかえって教養課程の教室の趣も生まれたのだろう。
自身も認める通り、ヨーロッパでもアメリカ合衆国でもない「辺境国としてのカナダ」に生まれ育ったマクルーハンは、学問と教養の王道を歩きながらも「境界を跳び越える」ような異端の知識人の役回りを引き受けた人だった。
そんな彼の「世界的な有名人」としての横顔を親交のあったニュージャーナリズムの作家トム・ウルフが序文で活写し、他方「あとがき」では編者のひとりで愛(まな)弟子だったステインズが、大学4年生で初めて接した先生の名講義を回想している。数あるマクルーハン本の中でも最も親密さにあふれた一冊である。
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Herbert Marshall McLuhan 1911~80。著書に『メディア論』『地球村の戦争と平和』など。