ラッパーからのメールでモロッコへ
――鷹鳥屋さんが中東にかかわるきっかけは?
友人から偶然サウジアラビアの話をいろいろ聞いた後、ツイッターで見かけた外務省のプログラムに参加し、2013年にサウジアラビアを訪問したことです。現地に滞在してみて、酒を飲まずに何時間でもコーヒーとお茶だけで楽しく話せる文化が自分にとても合いました。それらの経験から中東にハマリまして、アラブの民族衣装を着てインスタグラムに写真を少しずつ上げるようになり、現地のフォロワーがたくさんついてきたという感じです。
――インスタグラムには7万人近いフォロワーがいますね。
始めた当初は、中東のことをアップする日本人がほとんどいなかったので、「日本に関してならこいつ(鷹鳥屋)は面白い」とアラブ圏を中心にフォロワーが増えていきました。大雪の浅草でアラブの民族衣装を着て全力で滑る動画がバズって、一気に3千~4千人フォロワーが増えたこともありました。そうこうするうちに、気がついたら中東・アラブ圏でまあまあな知名度を持つようになりまして、現地のテレビや新聞、雑誌など数多くのメディアに取り上げて頂きました。
――そこから、著書の冒頭にある「いきなり王族配下のラッパーからメールが来る」となるんですか。
そうなんですよ。「オレのボスであるサウジアラビアの王子が、あなたに会いたいと言っている。会ってくれないか?」という趣旨のメールでした。アメリカとサウジアラビアで活躍する”ラッパーのナポレオン”と名乗る人で、「アメリカなのにナポレオンって名前は怪しいなあ」と思いながら、とりあえず空いているスケジュールを返すと、数日後に航空券が送られてきました。もちろんその王子の名前も聞き出して調べたのですが、たしかに知る人ぞ知る渋い王族の家系で、日本で言えば井伊家とか本多家といった大名にあたる系譜。ただの日本人をだますにしては手が込みすぎているなと判断して現地に向かいました。
――現地では空港からVIP対応で別室、マセラティがお迎えに来て、ホテルで王子と対面と、小説のような展開になったとか。
王子は私のSNSをずっとフォローして見てくれていたようで、「伝統的な民族衣装を着て、アラブ文化を日本に紹介するあなたと語り合いたい」と別荘があり滞在先のモロッコ・カサブランカへ招いてくれました。わざわざホテルのスイートルームを用意してくれたり、お付きの人と一緒にカサブランカ市内をポルシェとマセラティで爆走して迷子になったりと、あり得ない体験が続きました。
――“ラッパーのナポレオン”も本当に有名な方だそうですね。
ヒップホップ界では有名な2Pac・アウトロウズのクルーだったそうで、調べてみたら有名人でした。昔はヤンチャしていたのが、現在はアメリカとサウジアラビアの間で起業家をやっているとのこと。貫禄のあるナイスガイでしたね。
明治維新のような、そして「石油王」がいない国
――執筆のきっかけを教えてください。
SNSを通した交流や中東各地への訪問で数え切れないくらいたくさんの友人ができました。一方で、仕事として中東に関する企業のお悩み相談やトラブルバスター的なこともしています。私が関わった中東の面白い人々や変わった文化、時に起こる珍奇な出来事を知ってもらうことで、距離的にも精神的にも遠い中東の実情を説明して、少しでも興味を持ってもらえたらと思いました。
――中東は大好きなのですか?
難しい質問ですね。即答しにくい。好きでもあり、嫌いでもあり、どちらとも言えないですね(笑い)。約10年近く、中東と関わってきましたが、全てを愛するということは難しいかもしれません。めちゃめちゃ楽しい経験もあれば、トラブル、嫌がらせや脅迫に近いことも何度もされました。ただ刺激のある食べ物のように、中東という地域にはどこかクセになる感じがなんかありますね。
――中東の歴史にも非常に詳しいですね。
私は歴史が大好きで、高校時代には横山光輝先生の「三国志」を通しで10回以上読んだり、陳舜臣先生の「阿片戦争」を読んだりして中国史に興味を持ち、筑波大学では東洋史を学びました。大学でアラビア半島やオスマン帝国についても少し学んだことがあるので、サウジアラビアでも現地の人とマニアックな歴史の話をすることが何度もありました。王朝の成立や現地の伝統文化などを知っていると、「あ、こいつわかってるな」と思ってもらえて、もっと深い会話や理解ができることが非常に楽しいですね。
――今のサウジアラビアは「明治維新前後の日本に近い」と本の中で書いてあります。
あんまり特定の国の事象を別の国に例えるのは良くはないのですが、理解しやすいようにそう例えました。まずサウジアラムコのような国営企業が国主導で次々とできて、そこにひもづく民間企業、中小企業を今後次々と作り上げていく、そんなイメージです。まさに殖産興業ですね。今後民間企業がどんどん拡大してうまくいくと、明治以降の日本のようにさらなる経済成長を遂げるのではないかと思っています。
――明治の人たちはどんどん経済成長が進んでいくワクワク感があったと思いますが、サウジアラビアもそうですか?
若者たちは特に感じていると思います。サルマン国王、ムハンマド皇太子の掲げる「ビジョン2030」という政策のもとでさまざまな改革が進み、女性の運転免許取得が可能になったり、映画館や娯楽施設が次々とできたりと、訪れる度に大きく変わっていっています。コロナ禍で中断はしましたが、多くの国に向けて観光ビザも解禁し、アルウラーのような観光地を開発するインバウンド向け産業も活性化させています。もちろん原油価格の低迷で新たな経済基盤をつくる必要があるという背景や、若年層の雇用確保という深刻な問題はあるのですが、改革開放政策をバランス良く続ければ国力は伸びていくと感じます。
――そんな中でも、やはり「石油王」は存在しないのですか。
たしかに湾岸アラブ諸国は石油や天然ガスで得た収入で国は潤っていますし、国民にも 分配されています。しかし、みなさんが思うテンプレートの「石油王」というのは残念ながらいません。それら天然資源を取り扱う企業の多くは国営企業、国有企業なので、そこの社長や役員といってもある種の国家公務員で、さらにその上に大臣も存在します。なので、俗に言う「石油王」とはなかなか呼べないと思います。それに産油国の方々は「石油王=金持ち」というレッテルばりに疲れているという声も聞きます。
――「王族」というのはどういう人なのでしょうか。
アラブの湾岸諸国では有力部族が他の部族をまとめて独立し、国を作りあげたケースが多いです。その独立までの戦国時代を勝ち残った、活躍した部族が一般的に王族と考えて良いと思います。統計の方法にもよりますが、サウジアラビアには約2~3万人の王族がいると言われ、私をモロッコに呼んでくれた王子もその王族の一人です。ある一定以上の王族になるとパスポートが外交官仕様になっているようですし、財閥のように複数企業を経営して巨額の資産を持つ一族もあります。王族ではない身分であってもビジネスで成功した豪商の一族が派生して「自動車王」「通信王」「建設王」のような言われ方をすることはありますね。
オタクは国境や身分を超える
――アニメやフィギュアなどの話も多いですが、鷹鳥屋さん自身がお好きなのですか。
はい、私がアニメや漫画が好きなこともあり、現地の日本のエンタメ好きの人と話が合いますね。テレビだけでなくネットフリックスなど動画配信プラットフォームの進化で、日本のエンタメやサブカルチャーが中東にかなり浸透しており、日本と現地でどんどんアニメ情報の時差がなくなっています。話していて、「そんな作品まで知っているの?」と驚くことも結構あります。アラブ文化をある程度理解したうえでオタクな話ができる日本人ということで喜んでもらえたのではと思います。
――中東カタールの王子とアニメの話題でつかみ合いになったとか。
この王子が非常にアニメに詳しくて、カタールの首都ドーハにあるマリオットホテルのステーキハウスで3時間ぶっ続けて話をして盛り上がったのですが、『スレイヤーズ』というアニメの続編について議論が白熱し、お互いの「推し」を言いながらつかみ合いになるということがありました。大の大人がいきなりつかみ合いなので、秘書やボディーカードはあっけにとられてましたが(笑い)。オタクは国境も身分も超えると感じました。
――コンテンツだけでなく、歌手や声優も人気とのことです。
サウジアニメエキスポというイベントで歌手の水木一郎さんが「マジンガーZ」「アストロガンガー」、ささきいさおさんが「とべ!グレンダイザー」を歌ったのですが、多くのアラブ人が熱狂していました。水木さんは中東でも「アニキ」と呼ばれ、慕われていました。
――一方で日本企業のアラブでの存在感はどうでしょうか。
残念ながら年々低迷していると思います。自動車についてはトヨタ、日産は健在ですが、韓国系、中国系企業、特に長安系と呼ばれるグループが強く競争を仕掛け、シェアが徐々に下がっていると思います。例えば「紅旗(HongQi)」という中国の高級車がショールームをリヤドに作り販売に力を入れている、そんな状況です。洗濯機、パソコンなど家電製品も同様に日本企業の存在感が薄れていると思います。
――逆に日本食や日本のスイーツなど柔らかいコンテンツは人気だとか。
たとえばドバイで人気なのは「YAMANOTE」というUAE人が作った日本式のパン屋さんです。小さい店舗から拡大し、焼きそばパンや牛肉のソーセージパン、食パンの販売に加え、ラングドシャやお菓子なども好評で今では10店舗以上まで拡大しました。最近はスフレチーズケーキやもちアイスクリームなどが大人気で、国をまたいだ企業同士の激しい競争が繰り広げられています。
――現地企業や日本企業による中東詐欺案件の見抜き方など、ギリギリのテーマも書いています。
だいぶ攻めて書いたつもりですが、当初よりはかなり削りました。表現によっては関係各所に誤解されたり、目をつけられたりする可能性もあり、泣く泣く削った部分もたくさんあります。例えば宗教的な問題なども多々ありますよね。あと中東に進出した企業の失敗例もたくさんありますが、その企業の意向もあって削りました。ただ、中東マニアの方には行間で「察して頂ける」ような書き方で残したところもいくつかあります。書き方に色々と物申したい方々がいることは理解できておりますが、王国、王政の国家と向き合うことの大変さもちょっと理解していただければ嬉しいな、と思うところもあります。
――最後に
メディアなどで紹介されるきらびやかな中東のイメージ以外にも、「こんな見方もあるよ」ということをこの本を通して伝えられればと思っていました。今度は中東各国の王朝成立に関してもっと詳しく知ることができるような入門書が書ければと思っています。まだまだ勉強することがたくさんあるな、といつも感じております。大阪万博の前にあたるドバイ万博が今年10月1日から開かれます。会期中にぜひ訪れてみると良いかと思います。