1. HOME
  2. 書評
  3. 「差別はたいてい悪意のない人がする」書評 思考の死角で足をどけるために

「差別はたいてい悪意のない人がする」書評 思考の死角で足をどけるために

評者: トミヤマユキコ / 朝⽇新聞掲載:2021年11月06日
差別はたいてい悪意のない人がする 見えない排除に気づくための10章 著者:キム ジヘ 出版社:大月書店 ジャンル:社会・時事

ISBN: 9784272331031
発売⽇: 2021/08/26
サイズ: 19cm/245,10p

「差別はたいてい悪意のない人がする」 [著]キム・ジヘ

 タイトルを見た瞬間「私にも気づかずやっちゃってる差別があるんだろうな」と予感する。その予感は、悲しいかな見事に的中した。
 本書は、差別はよくないと考えている人ですら差別をすることがある、という少々つらい事実を、様々な文献・データを横断しつつ丁寧に教えてくれる。著者は、マイノリティー、人権、差別論を専門とする韓国人研究者だが、本書はあくまで一般書。徹頭徹尾リーダブルなのがありがたい。
 プロローグは著者自身の失敗談。彼女はとあるシンポジウムで「決定障害」という言葉を何の気なしに使ってしまう。「ぐずぐずと何ごとも深く考えすぎてしまう」傾向を意味する言葉だが、そうした傾向を言い表したいばっかりに「障害」と使ってよかったのか。彼女は、障害者の人権運動に携わっている活動家に電話取材をして、「私たちがどれだけ日常的に『障害』という言葉を否定的な意味を込めて使っているか」を知ることとなった。差別される側の人々について日々研究している人間にも、思考の死角はある。ひとつひとつ改めていくしか道はない。
 差別は「ひとつの軸」ではできておらず「多重性」を持つという議論がとりわけ印象に残った。たとえば、私は女性として差別された経験を持つが、その一方で、健常者、異性愛者、正規労働者という軸で考えれば、完全にマジョリティ。それと気づかず享受している特権があり、誰かを踏みつけにしている可能性がある。だが、本書を読むと、弱者が声を上げてから気づくのではなく、自分から足をどけられる人間になれそうな気がする。敢(あ)えてシンプルに評するなら、無神経でダサいことはもうやめたいと思わせてくれる本だ。「不平等な世の中を維持するために苦労を続けるのか。それとも、平等な世界をつくるための不便や不都合な状況を我慢するのか」という問いから逃げてはいけない。いい我慢は積極的に引き受けていこうじゃないか。
    ◇
韓国・江陵原州大教授(マイノリティー、人権、差別論)。差別問題のリサーチや政策提言に携わっている。