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「Bowie's Books」 流転求めた精神構造 読書が案内 朝日新聞書評から

評者: 横尾忠則 / 朝⽇新聞掲載:2021年11月13日
BOWIE’S BOOKS デヴィッド・ボウイの人生を変えた100冊 著者:菅野 楽章 出版社:亜紀書房 ジャンル:芸術・アート

ISBN: 9784750517162
発売⽇: 2021/09/30
サイズ: 19cm/374p

「Bowie's Books」 [著]ジョン・オコーネル

 デヴィッド・ボウイは常に危険な綱渡り状態で、あっちの世界からこっちの世界へと転々と流転を求める変貌(へんぼう)のボヘミアン。自らを単なるミュージシャンではない、そこら近所のロッカーとは一線を画すカメレオン的天才アーティストとしての仮面を顔面に食い込ませながら、ケタケタと笑う悲劇主義者にしてニヒリストである。
 つかみどころのない雑多なボウイはエイリアンに憧れ、神秘の存在に祭り上げられる一方、自らをシュルレアリストと同時にダダイストと標榜(ひょうぼう)する。そんなボウイの精神構造の一端を形成したのが、彼が読破した何千冊。その中から彼自身が最も重要と考える100冊のリストをもとに書かれたのが本書だが、ボウイ自身が解説しているわけではなく、著者ジョン・オコーネルが本について語るもうひとつのボウイ論である。
 ボウイは、旅の移動には携帯書庫さながら1500冊もの蔵書をトランクに詰め込んでいたほどの狂気の読書家である。「僕はとんでもなくビッグになるよ」という目標を達成した後も、彼の読書熱は強迫観念的習慣になっていく。
 100冊の内訳のほとんどを僕は読んでいないが、彼の興味と重なるのは、僕が若かりし時代に熱中したチベット仏教の教義や秘教やスピリチュアルで、それらから学んだボウイは「選ばれし者が歴史を通して存在し、この星の運命を見守る」と主張する。そんな思想は、60年代後半のニューエイジ・ムーブメントの中で拡張されたが、これらを「気が狂っていた時期」(著者)として100冊から除外したボウイは社会的なカムフラージュをしたように思う。
 僕とボウイの本棚に共通する数少ない本の中に、例えばダンテの『神曲』がある。著者は「ダンテにとって、地獄とは異界ではなく、現実の物理的な場所」と言うが、僕がボウイと何度か会った感触では彼の異教への関心にはシャングリラ願望や地球空洞説があり、根っからの神秘主義者であるが、彼はあえてこれらの本を排除することで霊的人間としてよりも知的人間として捉えられることを戦略的に選択したように思われる。
 本書には三島由紀夫の『午後の曳航(えいこう)』が選ばれているが、もし翻訳されていれば『美しい星』を加えていたかも知れない。ついでに私事になるが、英国で出版された僕の画集も100冊に加えられていて、ボウイに会ったとき彼は僕に「君は最初のパンクだ」と言って親指を立てた。ボウイの選んだ100冊を読むのは僕には手に負えないが、ボウイのファンなら挑戦してみる価値はあるだろう。彼の哲学を通して彼の奇跡的な人生と稀有(けう)な作品をもっと深く理解できるのではないだろうか。
   ◇
John O'Connell 1972年生まれ。音楽ジャーナリスト。「タイム・アウト」のシニア・エディターや「ザ・フェイス」の音楽コラムニストを経て現在はフリーランス。2002年にボウイにインタビューを行った。