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絵文字、十年目のねぎらい 津村記久子

 ToDoリストというものを作っている。「□ となりの乗客」「□ お米買う」みたいなやつだ。「□」にチェックをする時にうれしい気分になる。けれども最近どうも物足りなくなってきた。カラーペンや色鉛筆、最終手段として金色のペンでチェックして自分をもてなしてきたが、もっといいのがあるんだ、とやる気が首を横に振る。自分が何をして欲しいのかはわかっている。シールを貼って欲しいのだ。

 中学生の頃、シール専門の帳面を自作して、塾の宿題の問題をいやいや解くたびにシールを貼っていた。なぜそんなことをしていたのかというと、幼稚園の頃、ピアノ教室で「にぶおんぷをファで書いてください」みたいな楽譜の読み方についての問題を一日分解くと、先生がそのページにシールを貼ってくれたのがすごくうれしかったことに遡(さかのぼ)る。シールならなんでもよくて、選挙の投票の促進のだとか、工事のお知らせのでも喜んで貼った。

 シールを貼るとうれしいのは今も変わらないはず、と百円ショップの子供シールコーナーに出かけてみたところ、シールの豪華さと種類の多さに怖(お)じ気(け)付いた。このブルドーザーとか、自分の労働の成果としてはもったいない。ここ数年は、折り紙の柄のデザインがたくさんあることで「今の子供さんがうらやましい」と思っていたけれども、シールに関してもうらやましい限りだ。

 いろいろ考えたあげく、リストは携帯のメモに書いて、成果のチェックマークの代わりに絵文字を利用することにした。課題をこなすと行頭の「□」を任意の絵文字に替えるのだ。絵文字は使いどころがわからないのでまったく使わないのだが、自分のリストの中では、花火やぶどうや天使でバリバリ労(ねぎら)ってくれることがわかった。すごくやる気になる。十年なじめなかったが、ここへ来て絵文字の使いどころがわかった。この仕事の成果には何を使おうかうきうきしている。今日は消防車か雪だるまが候補だ。=朝日新聞2021年12月1日掲載