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「学術出版の来た道」書評 利益追求と社会還元のはざまで

評者: 須藤靖 / 朝⽇新聞掲載:2021年12月04日
学術出版の来た道 (岩波科学ライブラリー) 著者:有田 正規 出版社:岩波書店 ジャンル:自然科学・科学史

ISBN: 9784000297073
発売⽇: 2021/10/11
サイズ: 19cm/148,10p

「学術出版の来た道」 [著]有田正規

 学術出版の歴史と憂うべき現状が見事にまとめられている。研究者のみならず、科学に興味を持つすべての方々の必読書だ。
 学術誌は、科学の進展と人類の福利のために最新の成果を共有する場として、17世紀に刊行された。言うまでもなく利益は望めず、学会あるいは学術団体がその出版の母体であった。
 これに対して、第2次世界大戦後のドイツ科学没落と米ソの競争の結果、英文商業出版が躍進する。
 その立役者がメディア王として知られたロバート・マクスウェル。学術出版を利益追求型とする現在のビジネスモデルを1950年代に創り上げ実践したが、91年にカナリア諸島沖で水死体で発見された。彼が所有していたグループの資産4億4千万ポンドの私的流用も発覚し様々な臆測が流れたものの、結局は転落事故に落ち着いたという。
 今や学術誌は平均的被引用回数に基づく数値指標で格付けされ、一部の分野では論文やその著者までもが、どの学術誌に載ったかで評価されるという弊害が顕在化している。
 「書かずんば去るのみ」と揶揄(やゆ)される熾烈(しれつ)な研究現場とトップ研究者の自発的な競争心が、この風潮に拍車をかけているのだろう。
 一方で、研究者には論文掲載料、研究機関には高額な購読料を課す巨大商業学術出版社には、強い不満と批判が高まっている。
 出版社の許諾なしには自分の論文すら自由に公開できない状況に対し、全研究論文の無料公開を目指すオープンアクセス(OA)の動きも広がっている。しかし、著者に100万円以上の掲載料を課してOAを認める一流誌から査読もない玉石混交誌まで出版社も様々。生き残りをかけた出版社との交渉の行方と、学術出版の将来はまだ見通せない。
 科学研究は論文を発表して初めて完結する。過熱した現状に加担せず、研究成果の社会還元という原点に立ち返ろう。研究者も出版社も、そして受け取る側も。
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ありた・まさのり 1971年生まれ。国立遺伝学研究所教授(生命情報科学)。著書に『科学の困ったウラ事情』。