著者はデータサイエンスと経営学を学び、アカデミックな知見をビジネスの現場に応用する企業の経営者だ。最近耳にする機会が多い「心理的安全性」について、その考えを生んだGoogleの研究プロジェクトを紐解(ひもと)き、各種の研究成果を参照しつつ、実務に生かす方法論を記した。
組織内で一定の責任を持って働いた経験がある人なら、心理的安全性という言葉はピンとくるはずだ。たとえ自身は優秀でも、部下の話をよく聞かず叱責(しっせき)ばかりする管理職はそこここにいる。そんな職場ではマイナスな報告が上がりにくくなり、問題への対応が遅れがちになる。
企業の不祥事や重大事故の多くは、発端に初期対応のまずさがあり、分析を進めていくと心理的安全性がない、という問題にいきつくことが多い。
多数の研究成果を踏まえ、心理的安全性のある職場について四つの因子で分析する。それは「話しやすさ」「助け合い」「挑戦」「新奇歓迎」だという。ちょっとした違和感、アイデアを共有しやすく、困った時は責められるのではなく助けてくれる文化があり、新しいことを歓迎する。
ただし、仲良しグループではなく仕事のためのチームだから「ヌルい」のはダメ。このあたりの解説もうなずける。
あとがきに記された謝辞には、共同研究者や助言者に並び、印刷会社や流通、書店関係者への感謝の言葉があった。様々な職種の人たちに、やりがいをもって働いてほしい、という著者の思いが伝わってくる。
たとえ大企業でも、かつてのような終身雇用は期待できない。コロナでリモートワークが進み組織内の人間関係が希薄になった。以前からの働き方改革で残業・飲み会も減って組織内で一体感を覚える機会は減っている。昭和や平成には、もはや戻れないけれど、今後、職場がいかに変わるのか分からない――そんな不安を抱える管理職層が安心感を求めて本書に手を伸ばす光景が目に浮かぶ。=朝日新聞2021年12月18日掲載
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日本能率協会マネジメントセンター・1980円=19刷8万5千部。20年9月刊。日本の人事部「HRアワード」2021優秀賞(書籍部門)受賞。昨今の働き方の大転換が追い風に。