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滝沢カレンの「飛ぶ教室」の一歩先へ クリスマスのいたずらの秘密

撮影:斎藤卓行

舞台は、雪がヒシヒシと降り積もる、ドイツ。
街はすっかり、おてんばなクリスマスの飾りたちが煌めく。

僕はそんなドイツの町にある学校に通う中学1年生だ。

この学校はとにかく厳しくて、毎日が勉強に囲まれている。
ほんとうはサッカー選手になりたかったが、親たちの希望の国際弁護士になるために、この学校へ入った。

この学校は小さなテストひとつですら、先生の眼差しは岩石のように重たい。
チクチク実力のなさを責められる日々。
テストが来るたびに、もうやめてしまいたい、と思うほどだ。

全寮制の僕の学校は、中学生から高校3年生までここでほとんどの時間を過ごす。
僕もはじめてのクリスマスをこの寮で過ごす。
勉強に浸る毎日にささやかな幸せが訪れる。

学校内は町のマーケットに負けないほど、クリスマスの飾り付けがされている。
いつも薄暗く感じていた渡り廊下も、川のようにキラキラと輝いている。
見るとこ全てに赤や金色、緑に銀色、さまざまな個性を持った色たちが学校にクリスマスを知らせている。

僕もクリスマスは大好きだ。
家族と過ごさないクリスマスはちょっぴり寂しいけど、新しくできた友達と過ごせるのは何より楽しみだった。

「なぁリック! クリスマス楽しみだね! 噂通りすごい飾り付けだ!」
リックは僕の隣の席で、寮のルームメイトでもある僕の親友だ。

「ジャイニー、知ってる? このクリスマスの飾りには何か理由があるらしいよ」
黒縁メガネに分厚い教科書を抱えて歩くリックは神妙な顔で僕に言ってきた。

「理由? クリスマスを盛り上げるため、でしょ?」
僕は何の色気もない返事をした。

「そりゃそうだけど、もっと他にだよ。噂じゃ、去年は校長室にクリスマス飾りをしていなかったから、校長先生が2日間行方不明だったみたい。しかも、2日後うさぎの小屋からでてきたんだって」
リックは意味の分からない噂話を僕に聞かせてきた。

「なんだよ、それ! 誰かが作った嘘だよ、そんなの」
「噂だといいけど。先輩が教えてくれたから、間違いなさそうだよ」

この学校は、たしかに入る前から不思議な学校だとは思っていた。
この学校の場所は、街からだいぶ山を登った人気のない位置に建っている。
ただでさえ、街に出向くのは大変な山なのに、雪が降られちゃまず学校からすら、出られない。

そしてなぜだか、学校の屋根はデコボコだ。
特に気にしてはいなかったけど、いざ気にしてみるとやはり変わった学校なのかもしれない。

クリスマス前日。
ついに、変な学校という漠然とあった思いがしっかり形と共に浮き出してきた。

朝から雪の量はお菓子に入れる砂糖のようにバサバサ降っていた。
そして、学校内はジングルベルが大音量で流れている。

「リックおはよう、朝から騒がしいね」
「ジャイニー!! 大変だ! 僕のミーチャがいないんだよ・・・・・・。一緒に探して!」
「え! 逃げ出しちゃったの?」

ミーチャとは、リックの可愛がって長年飼っているハムスターだ。
朝起きると、ミーチャはいなくなっていたようだ。

「ジャイニー、隣のクリクルの飼っていた猫2匹も朝からいないみたいなんだ・・・・・・。みんなどこ行っちゃったんだろう?」
「先輩たちの寮の方も見てくるよ、僕」
「ありがとう・・・・・・」

僕は、先輩たちの寮にもリックたちのペットを探しにいった。
先輩たちの寮は、クリスマス前日なのにやけに静かだ。

僕は寮のドアをノックした。

「はーい?」
すぐに出てきたのは、2つ上の先輩だ。

「あ、あの、1年生のジャイニーといいます。この階でハムスターか猫を見なかったですか?」
「逃げ出したの?」
「はい、友達のペットなんですが・・・・・・」

「そうか、まあしかたないなぁ。1年なら。クリスマスが近づいたらみんなペットは家族に預けた方がいいよ。動物たちはみんな召喚されちゃうんだよ。みんな」と言いながら人差し指を上げ上を指すジェスチャーをした。

「・・・・・・上?」
「あぁ、山のね。クリスマスが終わったらきっと帰ってくるよ」

「クリスマスに何か関係があるんですか?」
「ははは。もちろん。この学校はクリスマスが近づいたらみんな気を引き締めなきゃならないんだよ。何にも知らないようだね」

「おい、ドリー、今年はマイコス先生がいなくなったってよ」
部屋の奥の方から、先輩めがけて声をかけてくる先輩がいた。

「わ、今年はマイコス先生か。あ、それに街との境に変な壁もできてるらしいぞ、あとで見に行こうぜ。あ、じゃあ君たちも気をつけなよ! じゃあね」
そそくさと先輩たちは外に飛び出していった。

「気をつけるって何をだよ」
僕は学校中の雰囲気が明らかにおかしくなっていることに気づき始めた。

窓から校庭をみると驚きの世界が広がっていた。
校庭は北極のようにシロクマやペンギンで溢れているじゃないか。
僕はまだ夢の中にでもいるように感じた。

「え? 昨日までの校庭は? なんで海ができてるんだ・・・・・・」
僕は自分の出せる全速力で部屋にもどり、リックに校庭を見せた。

校庭の周りにはたくさんの生徒たちが見にきていた。
そりゃそうだ、まるで学校は水族館なのだから。

「ジャイニー、一体この学校はどうなってんだ? 僕たちどうなっちゃうの?」
「わからない、でも何か隠されてることがあるはずだ。リック、一緒に校内を調べてみようよ」
「そうだね!」

リックは曲がった眼鏡を直して、僕と一緒に校内を探検した。
教員室に行くと、闇のように暗かった。

「あれ? 先生いないのかな?」
「ノックしてみてよ、ジャイニー」

厳しい先生たちが集う教員室は僕たちにとっては、囚人の集まりに入っていくようなもんだ。
でも学校で起こっている事件のために、勇気と共にノックをした。

コンコンっ

「失礼します。1年生のジャイニーです」
張り切ってドアを開けた。

「わぁぁぁぁ!!」
僕は思わずお尻から転んだ。

「ジャイニー、大丈夫?!」
そう言いリックも中を見て顔が固まっていた。
教員室の中は、廃墟の建物のように暗く、机には蜘蛛の巣や、ガイコツが散らばっている。

「なんだよこれ、ガリンバ先生や、ドミカ先生、ライゴン先生、誰もいないよ」
「いないどころかもうずっと前から使われてないようだ。昨日まであんなにクリスマス飾りで綺麗だったのに」
あの厳しい先生たちの姿はなかった。

クリスマス前日に起こった、この学校の謎。
僕たちは驚きの連続だった。

「ねぇ、ジャイニー! 見て! 電波も全く繋がらない。これじゃ両親にも連絡できないよ」
「本当だ。なぜ、こんなことに?」

でも僕はひとつ気付いたことがある。
それは、こんなに右往左往しているのは、1年生の僕らだけ。
先輩たちはなぜか嫌なほど冷静だ。

「先輩、この学校は何が起きているんですか?」
勇気を出して、一つ上の先輩に聞いてみた。

先輩は僕たちの方をゆっくり向くやいなや、ニンヤリした顔をした。
「1年か。なら分からないよな。この学校の大昔の卒業生のしわざさ」

「?! 卒業生?」
僕とリックは思わず声が裏返る。

「卒業生が何でこんなことを? 魔法が使えるんですか?」
「大昔、ここにある生徒が通っていた。その生徒の夢は、世界中を笑顔にするサンタクロースになることだったんだってさ」

「え? こんな一流学校に通って、サンタクロースに?」
僕たちは思わず動く口角を手で塞いだ。

「そ。周りもそんな風に冷たい反応だったみたいだぞ。でもその生徒は本気でサンタクロースになるつもりだったみたい。でもそれをここの先生たちは鼻で笑い、夢を全否定したんだよ」

「その生徒はどうしたんですか?」
「その生徒は、結局サンタクロースにはなれなかった。先生たちに夢を奪われたんだ。卒業してからはずっと山で暮らし、クリスマスが近づくと必ずこの学校に色々ないたずらや嫌がらせをし続けるんだとよ。特に先生たちには」

「去年もこんなことが?」
「あぁ。去年は僕も君たち同様びっくりした。朝起きると先生たちがみんな宙に浮いてグルグル振り回されていた。校庭にはアマゾンみたいにハイエナがそこら中にいてね。びっくりしたよ。でも不思議とクリスマスが終わると元通りになる」

「その生徒はいまいくつなんですか?」
「歳は、もう250歳くらいだよ。生きていればね。もうとっくの昔に死んでるよ」

「そうなんですね。夢。そんなにサンタクロースになりたかったんだ。その生徒は」
「そうみたいだよ。だから学校もさ、毎年クリスマスになるとあの手この手でどんどんド派手な飾りをして、どうにか許してもらおうとしてるらしい。噂じゃ昔は全くクリスマスなんかを祝うような学校じゃなかったみたい」

「そうなんですね。でも先生たちの気持ちは昔と何か変わったんですかね」
「いや、根本はやっぱり変わってないんじゃないかな? 夢に対して否定的、というか、現実をすごく見ろ見ろ言う感じ。でもまぁ一流と言われてるから、僕たちも入るために頑張ったしね」

「そうですよね。僕も何回も夢諦めかけてましたもん。ちなみに、明日はどうなるんですか?」
「僕たちにも分からないな。これはその生徒と学校との永遠の因縁みたいな感じらしいし。クリスマスが終われば、全て元に戻るしね」

「色々教えてくださりありがとうございました」
そう言って、僕たちは自分たちの寮に戻った。

「リックのハムスターもどうやら、クリスマスが過ぎたら戻ってきそうだね」
「うん。クリスマスのいたずら、か。きっとサンタクロースを馬鹿にしたお返しをしたいんだろうね」

「何だか、その人かわいそうだな。夢を潰されちゃったんだ。どれだけ悲しかっただろう」
「どうにかして夢を叶えてあげたいね、ジャイニー」

「そういえば、体育館にサンタの人形やソリがあったよね? あれをその生徒にどうにかプレゼントできないかな??」
「プレゼント? どうやって?」

「わからない。でもこんなにこの学校にいろんないたずらしてくるってことは、どこからか見ているはずだよ。それを見せたら天国で夢叶えてくれないかな?!」
「いいかも! よし、とりあえずサンタクロースの洋服やソリを探そう!」

僕たちは、学校中を駆け回り、サンタクロースの洋服、ソリ、大きなプレゼントの入った袋を揃えた。

「はぁ、疲れた。でもこれで揃ったかな?」
「リック、あとはトナカイだけだね。でもトナカイはさすがにムリかぁー」
「さすがにトナカイはいないよね」
「あ! ねぇ、リックいいこと考えた!」

僕はがむしゃらに紙に文字を書いて、枕の下にしまった。

「じゃあ明日、やってみよう。いちかばちかだけど。がんばろう! リック」
「そうだね!」

そう言って、2人は眠りについた。

クリスマス当日。

朝からものすごい風で起きた。
起きると、部屋中の壁がとっぱらわれていて、冬の風がビュービュー吹き暴れている。

「寒い!! リック!」
「ジャイニーおはよ。もうなんだこの風・・・・・・。いたずらが暴れてるなぁ」
「早いとこ作戦開始だ!」

そう言って、僕たちは昨日集めたサンタクロース一式を屋上に運んだ。
階段はやたらとカラフルなガムが落ちていて歩くのも一苦労。

学校は見たことのない景色で埋め尽くされている。
生徒たちの、悲鳴や名前を呼ぶ声が大合唱になっている。

僕たちは、必死で重い道具を落とさないよう屋上に駆け上がった。
屋上から見た校庭は、シロクマたちが優雅に泳いでいる。
そして消えた先生たちは、シロクマが泳ぐ中、唯一割れていない数センチの氷の上で体を寄せ合いながらブルブル震えている姿が見えた。

「見て、リック、あんなところに! 先生たちだ!」
「わぁ、あんな弱気な先生たち見たことないね」

いつも厳しくて、すぐに夢にケチをつけてくる先生。
僕も好きじゃない。
でも、なんだか意見を言えなかったり、なんだか言いなりになっていた自分がいたのかもしれない。

その時、僕はその生徒を尊敬した。
強い人だったんだろうなと。

自分の夢を人に話すのが恥ずかしくなったのは、紛れもなくこの学校に入ってからだ。
恥ずかしいことなんて、ないのに。

僕たちは、屋上から叫んだ。

この学校に通っていた大先輩〜! 見えてますか? 聞こえてますか? 僕たちはいまこの学校に通っている生徒です。あなたの噂を聞きましたー! 僕たちは、あなたにサンタクロースの夢諦めて欲しくありません! あなたが、サンタクロースになる姿見たいんです。だから、ぜひ、これを!

天に昇る声で叫び、サンタクロースの洋服をソリの上に乗せて、プレゼントが入ったパンパンの袋も置いた。
周りにはたくさんの生徒たちが僕らの奇行を見にきていた。

空を眺めていると、雲が渦を巻き始めた。

ビュルビュルビュー

渦の中からは光が放たれ、光を纏った塊が屋上にやってきた。
僕は何かを感じた。

「あなたが?」

迷いのない質問だった。
轟音の中、輝く塊はソリの上に乗った。

「それから僕の今年のクリスマスプレゼントは、あなたが1日サンタクロースをできることです!」

昨日、僕はサンタさんへのお願いに、こう書いた。

サンタさんへ
今年のプレゼントは僕の学校に昔いた先輩をサンタクロースにさせてあげてほしいです。
1日だけ、夢を叶えてほしいです。
ジャイニーより

僕は実は、今年サンタさんへのお願いはするつもりがなかった。
それは、サンタさんなんていないんだという勝手な決めつけによるものだった。

でも、昨日また夢を持てた。
また信じることが世界に増えた。

そう思わせてくれた、大昔の生徒の夢をたまらなく叶えたかった。
そして、夢が叶う姿を僕は見たかった。

自分のための、願いだったのかもしれない。

辺りは暗くなり、星が照明のように屋上を照らす。
パッと目の前が見えると、そこには、立派なソリに、6匹のトナカイ、そしてソリには幸せそうなサンタクロースが乗っていた。

サンタクロースは、こちらを見ると「ジャイニー、リック。ありがとう。僕の夢がようやく、叶ったよ。夢って、思い続けていれば叶うんだね。ありがとう、ありがとう。もう、僕は、この世界に悔いはないよ。君たちも、夢をあきらめないで。幸せをありがとう。メリークリスマス!」。

そう言うと、ものすごい勢いで、街の空へ走り去っていった。

流れ星のように消えていった。

嵐が去った後のような屋上は、いつも通りの学校の姿に戻っていた。
校庭には、雪が積もったいつも通りのグラウンド。

教員室を見に行くと、先生たちがいつも通り働いていた。
何もなかったかのような、姿を取り戻していた。

「ジャイニー、どうやら大成功だ!」
「リック、きっとあのサンタクロースは夢が叶ったんだね。本当によかった。幸せそうな顔をしていたね」

「ジャイニーのおかげだよ。僕たちも、夢は大切にしないといけないね」
「うん」

部屋に戻ると、枕元に見覚えのないプレゼントが置いてあった。

「あれ? なんだろう?」
中を開けると、そこには、スパイクとサッカーボールが入っていた。

添えられていた、紙には"次は君が夢を叶える番だ。サンタクロースより"の文字が――。

僕は涙でクロースの文字までしっかり読めなかった。
手紙を胸に当て、誓った。
僕は、サッカー選手になりたい自分を思い出した。

幸せだった。
心から自信を持ってなりたい夢だから。
この夢があるだけで、強くいられる自分。

その日から僕は学業とサッカーを死ぬ気で頑張った。
僕の夢が叶うのを待ってくれてる人がいるから。

そして、次の年からクリスマスのいたずらが訪れることは二度となかった。

(編集部より)本当はこんな物語です!

 クリスマス集会にギムナジウムの5年生たちは「飛ぶ教室」という劇を上演しようとしています。その稽古をしているときに、ギムナジウムと対立している実業学校の生徒に級友の一人がさらわれてしまったことが分かります。近くに住む大人の「禁煙さん」の助言を受けて、子どもたちは級友を救出。救出劇のなかでひるんだ子が、意気地なしと思われないよう、はしごから飛び降りて骨折してしまったり、待ち望んでいた帰郷の切符代を送ってもらえなかった子が悲しんだりと、ギムナジウムで起きるさまざまな出来事を描いています。

 作者のケストナーが「子どもの涙はおとなの涙よりちいさいなんてことはない」(池田香代子訳)と書くように、子どもたちの喜びや悲しみを等身大に描いています。カレンさんの作品は、5年生たちが上演する「飛ぶ教室」の、あったかもしれない脚本の一つのようでした。