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朝日新聞書評委員の「今年の3点」④ 横尾忠則さん、石飛徳樹さん、行方史郎さん、宮地ゆうさん

横尾忠則(美術家)

(1)サイコマジック(アレハンドロ・ホドロフスキー著、花方寿行訳、国書刊行会・4180円)
(2)Bowie’s Books デヴィッド・ボウイの人生を変えた100冊(ジョン・オコーネル著、菅野楽章訳、亜紀書房・2420円)
(3)運命の謎 小島信夫と私(三浦清宏著、水声社・2750円)

 例年同じことばかり言っているが、年間通じて読んだ本は書評した15冊が全てなので、その中から3冊。
 (1)はチリの映画監督。映画はとにかく面白いが人間はそれ以上だ。彼の提唱する「サイコマジック」はそんなに珍しいことではない。芸術はもともとサイコマジックである。彼は日本文化から多くの影響を受けている。それを映画の中で発見する愉(たの)しみは格別で、それ自体が芸術行為である。(2)はデビッド・ボウイの狂気的読書熱から選ばれた100冊を著者が一冊ずつ解説する。彼の音楽の背景には何千冊という読書の教養が隠されていたことを知らされる。(3)は著者三浦清宏が小島信夫に促されて小説家になっていくその運命の謎が、寓話(ぐうわ)のように面白い。二人の関係は小島の死後生へと続く。

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石飛徳樹(朝日新聞社編集委員)

(1)日本映画作品大事典(山根貞男編、三省堂・4万1800円=今月末まで)
(2)沖縄観光産業の近現代史(櫻澤誠著、人文書院・4950円)
(3)星新一の思想 予見・冷笑・賢慮のひと(浅羽通明著、筑摩選書・2200円)

 普段は映画記者をしています。今春から書評も担当し、幅広いジャンルの本から大変刺激を受けました。
 (1)は近年の映画本の中でも最大の収穫。映画評論家の山根貞男さんが編者となり、1908~2018年に作られた約1万9500本を収録しています。何より素晴らしいのは、読み物としての抜群の面白さです。調べ物のためにページを開いたのに、周辺に載っている作品の文章をつい読みふけってしまい、所期の目的を忘れかねません。
 (2)は学術的な記述に終始していますが、そんじょそこらのガイド本には飽き足りなくなった沖縄リピーターには、「なるほど」とうなずける箇所が多いと思います。(3)は世代を超えて愛される星新一の魅力を余すところなく伝えています。

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行方史郎(朝日新聞社論説委員)

(1)プルトニウム 原子力の夢の燃料が悪夢に(フランク・フォンヒッペル、田窪雅文、カン・ジョンミン著、緑風出版・2860円)
(2)感染症疫学のためのデータ分析入門(西浦博編著、金芳堂・4180円)
(3)北極探検隊の謎を追って 人類で初めて気球で北極点を目指した探検隊はなぜ生還できなかったのか(ベア・ウースマ著、ヘレンハルメ美穂訳、青土社・2420円)

 河野太郎氏の「見直し」発言で注目された核燃料サイクル計画。元IAEA事務局長のエルバラダイ氏が序文を寄せる(1)は日本の置かれた現在地が理解できる。高速増殖炉のルーツは米マンハッタン計画に参加し、原爆投下には反対したシラード博士の着想にさかのぼる。その米国ではとっくの昔に放棄されている。
 (2)は「8割おじさん」で知られる第一人者が記した入門書。日本では1970年代までにこの分野の人材の系譜が途絶えたという記述に絶句した。大学生向けの内容だが、前半だけでも読めばコロナのニュースの見方が変わる。
 (3)は、日本であまり知られていない事件だけにミステリーとしても面白い。冒険者3人の死因をめぐる私の推察は見事に外れた。

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宮地ゆう(朝日新聞社社会部記者)

(1)クララとお日さま(カズオ・イシグロ著、土屋政雄訳、早川書房・2750円)
(2)老人支配国家 日本の危機(エマニュエル・トッド著、文春新書・935円)
(3)コロナ後の世界(内田樹著、文芸春秋・1650円)

 人工知能(AI)が登場する小説をいくつか読んだが、(1)はAIの目を通して人間の本質を浮かび上がらせた。無機質な感触と寂寥(せきりょう)感、その中に残るかすかな温かさと光。近未来の寓話(ぐうわ)のような趣があった。
 再びコロナと共に終わる年末。この1年、そして来年以降を考えるヒントになりそうなのが以下の2冊。
 (2)はトッドのここ数年の論考をまとめたもの。人口動態からソ連の崩壊や米国の危機を指摘した著者が、中国や米国の行方を読み解く。民主主義の失地回復は右派から起きるという指摘、民主主義が本来的に持つ排外性など示唆に富む。
 (3)は高速で過ぎ去るコロナ禍の出来事をもう一度立ち止まって考えるのにいい読み物。言語化しにくい出来事も的確な言葉で示してくれる。

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福田宏樹(朝日新聞社読書面担当記者)

(1)記憶の図書館 ボルヘス対話集成(ホルヘ・ルイス・ボルヘス、オスバルド・フェラーリ著、垂野創一郎訳、国書刊行会・7480円)
(2)寺山修司の〈歌〉と〈うた〉(齋藤愼爾、白石征、渡辺久雄編、春陽堂書店・2640円)
(3)モミッリャーノ 歴史学を歴史学する(木庭顕編訳、みすず書房・7150円)

 (1)は、ずっしりと重く、冬の夜、望むらくは暖炉の前で、少しずつ読み継ぐのがふさわしい。最晩年の1980年代半ば、毎週15分放送された詩人との対話118編を収録。「知性や美や幸福は珍しいものではありません。それらは絶えずわたしたちを待ち伏せしています。大切なのはそれらに敏感であることです」
 ボルヘスを偏愛した寺山の諸作品もまた繰り返し読んで飽きず、書物の宇宙へと連れ出してくれる。(2)は寺山の短歌や俳句、随筆のほか、種々の寺山論、そして岡本太郎、三島由紀夫、武満徹らとの対談や鼎談(ていだん)を収めた。「語る寺山」にも読むたび発見がある。
 (3)は碩学(せきがく)が史学史の泰斗の論文を編訳。私には歯が立たず、詳細極まる訳注とその文体に編訳者の真骨頂を感じて引き込まれはしたが、学問の深淵(しんえん)をのぞき見る思いだけが残された。おのれの無知を知る。それも書物の大切な効用、ゆえに手近な場所に置く。

村山正司(朝日新聞社読書編集長)

(1)やさしい猫(中島京子著、中央公論新社・2090円)
(2)グッバイ・ハロー・ワールド(北村みなみ著、rn press・1980円)
(3)ジョン・レノンをたたえて life as experiment(堀内正規著、小鳥遊(たかなし)書房・1540円)

 (1)は入管問題を扱った小説。もしも若いジャーナリストが、自分の取り組むテーマはどうにも社会に伝わりにくいと感じていたら、一読をお勧めする。小説仕立てで書けというのではない。作家は明らかにじっくり取材した上で、普通の人のこころを打つドラマに仕上げている。見習うべきはその描写力と文章だ。
 (2)はコミックのSF短編集。とても手の込んだ造本に驚く。各編の間には1枚の白い紙。途中のページで判型が変わってまた戻る。この本自体が、物質としての本の未来を示すSFのようだ。装丁は山田和寛+佐々木英子(nipponia)。
 二十数年前にジョン・レノンの生涯を追う記事を書いたせいで、今もなお数多く世に出る関連書籍には目を通している。(3)の著者は1962年生まれの米文学者。小著だが、ジョンの人生は実験の連続で、その歌から「存在」が聞こえるという見方に説得力がある。本文の青い活字が美しい。

>朝日新聞書評委員の「今年の3点」①はこちら

>朝日新聞書評委員の「今年の3点」②はこちら

>朝日新聞書評委員の「今年の3点」③はこちら