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朝日新聞書評委員の「今年の3点」② 押切もえさん、温又柔さん、金原ひとみさん、柄谷行人さん、坂井豊貴さん

押切もえ(モデル)

(1)インドラネット(桐野夏生著、KADOKAWA・1980円)
(2)ばにらさま(山本文緒著、文芸春秋・1540円)
(3)サステイナブルに暮らしたい(服部雄一郎、服部麻子著、アノニマ・スタジオ・1760円)

 怖くて読むのが苦しいのに、止めることができず一気に読み切った(1)。どんどん壮大になる展開をリアリティーあふれる描写が支える。併せて観(み)た映画「地獄の黙示録」とともに、読後もその凄絶(せいぜつ)な世界観に圧倒され続けた。
 今年、突然の訃報(ふほう)に驚かされた山本文緒先生の短編集である(2)。どの話も意外な結末に驚く。どこか弱いところを持つ人が、葛藤しながらもひたむきに生きる姿に共感を覚えた。山本先生の鋭く、優しい目線で切り取られた世界をもう読めないことが残念である。
 (3)は、都会暮らしを離れて家族と高知で持続可能な暮らしをするご夫婦の、思いやノウハウをつづったエッセー。「誰もが願うであろう幸せな社会の形」=サステイナブルな生活の楽しみ方が満載。

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温又柔(小説家)

(1)J・M・クッツェーと真実(くぼたのぞみ著、白水社・2970円)
(2)天路(リービ英雄著、講談社・1870円)
(3)断絶(リン・マー著、藤井光訳、白水社・3740円)

 (1)は「フィクションと自伝の境界を無化しながら作品の奥に真実を埋めこ」み、「西欧文明のもつ残酷な合理主義と見せかけのモラリティを容赦なく批判」してきた文学者・クッツェーの凄(すご)さを伝えつつ、「自分の受けた教育の死角を知ること」こそが真の学びだと教えてくれる。
 リービ英雄も「個人の運命を描くとしながら、その作品内に周縁から世界を読み解く基軸を地雷のように埋めこんできた」クッツェー級の文学者だ。(2)には打ち震えた。日本語でのみ書き得る文体として最高の感触がある。
 福建省出身の米国作家による(3)には、より善き世界の在り方を希求させる力が文学にはあると思わされ、震撼(しんかん)した。「断絶」は、至る所にある。この世界に文学は必要不可欠だ。

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金原ひとみ(小説家)

(1)もう死んでいる十二人の女たちと(パク・ソルメ著、斎藤真理子訳、白水社・2200円)
(2)長い一日(滝口悠生著、講談社・2475円)
(3)カンバセーションズ・ウィズ・フレンズ(サリー・ルーニー著、山崎まどか訳、早川書房・2530円)

 (1)それぞれとんでもない設定で度肝を抜かれる短編集。誰もが言葉で伝える事を諦めていたものを、極限まで狂いなく表現しようとする著者の熱量と信念だけで、もう世界が変わる気がした。
 (2)人は全てを晒(さら)し、全てを預けるとここまでフラットになり、自他、非日常と日常、怒りと愛(いと)おしさが渾然(こんぜん)一体となるのか。植物のように身一つで屹立(きつりつ)し世界を見つめるその視点は、奇妙でありながら果てしなく普遍的だ。
 (3)恋愛小説とも、不倫小説とも呼べる。俗っぽいとも言えるかもしれない。しかし現代に於(お)ける俗とはここまで切実で、必然なのかと、容赦なく登場人物たちを削り、炙(あぶ)り、立ち現れたその歪(いびつ)な姿に、読者は本物の「今」を見るだろう。

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柄谷行人(哲学者)

(1)学校、行かなきゃいけないの? これからの不登校ガイド(雨宮処凛著、河出書房新社・1540円)
(2)アーミッシュの老いと終焉(しゅうえん)(堤純子著、未知谷・2970円)
(3)ウィリアム・アダムス 家康に愛された男・三浦按針(フレデリック・クレインス著、ちくま新書・1012円)

 以前この欄で、松本哉(はじめ)の『世界マヌケ反乱の手引書』を取り上げたが、この3冊も「マヌケ」路線にある。それは中産階級的生き方の放棄である。
 (1)は、近年激増する不登校の問題に関して、不登校でよい、あなたを大切にしてくれない場所に行く必要はない、という。(2)は、300年ほど前アメリカ東部に入植した、キリスト教の一派アーミッシュの今日を描く。昔と同じ服装をし、電気を斥(しりぞ)け、馬車を使う彼らの社会には厳しい規制があるが、自発性が尊ばれ、近年は人気を集める。(3)は、徳川家康の臣下となった、イギリス人三浦按針の話である。彼は捕虜であったが、自由になったあとも日本に残って家康の外交顧問として活動し、徳川の外交政策を創ったといえる。

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坂井豊貴(慶応大学教授)

(1)ひらやすみ 1.2.(真造圭伍〈けいご〉著、小学館・各650円)
(2)ビジョナリー・カンパニー ZERO(ジム・コリンズ、ビル・ラジアー著、土方奈美訳、日経BP・2420円)
(3)TIME SMART お金と時間の科学(アシュリー・ウィランズ著、柴田裕之訳、東洋経済新報社・1760円)

 (1)は今年連載が始まったマンガ。人柄のよい青年ヒロトくんが、仲良しのおばあちゃんから平屋を譲り受け、そこで暮らす話。上京してきた従妹(いとこ)とラジオ体操をしたり、旧友と焼き肉をしたり。穏やかな暮らしと、心の惑い。光の描写がきれいで、白黒の絵が色とりどりに見えてくる。
 (2)は人気のビジネス書シリーズ最新刊。会社のビジョンや目的を策定するときの大きな助けになる。ビジョンや目的をただのきれいごとと思うのは間違いだ。それらは異なる人々を結び付け、また意思決定の指針となる不可欠なものだ。
 (3)はビジネススクールで教える心理学者の著作。現代人は時間よりお金を優先して働き「タイム・プア」になっていると指摘。その罠(わな)を避ける手法を論じる。

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>朝日新聞書評委員の「今年の3点」①はこちら

>朝日新聞書評委員の「今年の3点」③はこちら

>朝日新聞書評委員の「今年の3点」④はこちら