新年を迎え、見聞きする機会が増えた日本経済の展望。けれど実際には、そんなことより問題は我が家の経済だ、という方も多いのではなかろうか。
帯に〈「節約」家族小説!〉という惹句(じゃっく)が記された本書は、大きな声では言えないけれど、多くの人が内心抱えているであろう極めてリアルな「お金の話」が描かれている。
主な登場人物となるのは、都内に住まう御厨(みくりや)家の女性たちだ。就職し、憧れの〈東京の南側〉に建つ家賃九万八千円のマンションで一人暮らしをしている次女の美帆。夫を亡くし、一千万円の預貯金を心のよりどころに、年金でつましく暮らしている祖母・琴子。二十三歳で結婚し現在は夫の手取り二十三万円の給料で家賃八万八千円の2Kに幼い娘と三人暮らしの長女・真帆。バブル時代期を経験し、結婚してからは専業主婦として二人の娘を育てあげ、現在は二十三年前に三十年ローンで購入した一軒家に夫と二人暮らしの母・智子。
次女の美帆は二十四歳、長女の真帆は二十九歳、二人の母・智子は五十五歳で、祖母の琴子は七十三歳となるのだが、それぞれの暮しがリレー形式で綴(つづ)られていくなか「お金の問題」も浮き彫りになっていく。
結婚を意識し始めた恋人に発覚した多額の奨学金という名の借金。恋人や夫の実家の資産や、働く友人たちとの格差。病をきっかけに浮上する夫への不満と友人の熟年離婚闘争。じわじわと預貯金を取り崩していくことへの拭いきれぬ不安。加えて、生き方の定まらぬ四十男・小森安生の人生観とその転機が間に挟まれることで、ふっと自分の周囲にも視野が広がる感覚が得られるのもいい。
似たような息苦しさを感じている読者が共感できるだけでなく、三千円という絶妙な金額の「使い方」をきっかけに、様々な発見と救いも得られる物語となっている。これで七百七十円。まさに買い得な等身大経済小説だ。=朝日新聞2022年1月8日掲載
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中公文庫・770円=9刷万3千部。2021年8月刊。担当者によると読者の8割が女性で、50~60代が最も多い。