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「トクヴィルと明治思想史」書評 読み替えと継承のダイナミズム

評者: 犬塚元 / 朝⽇新聞掲載:2022年01月08日
トクヴィルと明治思想史 〈デモクラシー〉の発見と忘却 著者:柳 愛林 出版社:白水社 ジャンル:社会思想・政治思想

ISBN: 9784560098653
発売⽇: 2021/11/01
サイズ: 20cm/325,9p

「トクヴィルと明治思想史」 [著]柳愛林

 近代日本における思想の受容を調査した、スケールの大きな研究だ。
 トウークヴヰル『デモクレーセ、イヌ、アメリカ』や徳古威『米国共和政論』と表記された作品が主役だ。トクヴィル『アメリカのデモクラシー』である。
 福沢諭吉がギゾーの影響を受け、中江兆民がルソーを訳したことはよく知られてきた。だが、トクヴィルの受容についてはこれまで体系的な研究がなかった。本書はその欠落を埋める。
 『アメリカのデモクラシー』は明治14年に第1巻が全訳された。「民主的専制」を論じて、デモクラシーの未来を憂えた第2巻は訳されなかったから、同書は、理想の文明国アメリカの紹介として受容される。しかも、翻訳は正確とは言い難かった。トクヴィルが平等な社会との意味で用いた「デモクラシー」は、肥塚(こいづか)龍(りゅう)のこの訳では、単に政治体制のことと誤読された。
 もとより、思想の受容過程に、誤読や拾い読みは付き物。受容史の醍醐(だいご)味は、思想のダイナミックな変容にあるとも言えよう。トクヴィルも、日本の文脈に即して様々に読み替えられた。中村敬宇や伊藤博文は、宗教の社会的機能に注目したトクヴィルに学ぶ。そしてキリスト教の代わりに儒教や皇室に、社会を維持する役割を期待した。
 福沢は『分権論』でトクヴィルの議論を正確になぞり、政治と行政を区別して行政の分権を説いた。これは、不平士族を地方自治で活用するための時論だった。本書は、福沢のこの議論を、思想の壮大な継承関係のなかに位置付ける。封建制を再評価したギゾー、彼の影響を受けたトクヴィルから、福沢や永田一二(かずじ)を経て、連邦制を説いた植木枝盛へ至る系譜だ。
 帝国憲法の制定によってアメリカが模範国としての魅力を失うと、トクヴィルは急速に忘却されていく。本書は、古典の受容に注目する定点観察の手法によって、明治思想史の一断面を鮮やかに描き出した。
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りゅ・えりん 韓国生まれ。東京大大学院法学政治学研究科付属ビジネスロー・比較法政研究センター特任講師(日本政治思想史)。