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【記者推し】倉野憲比古『弔い月の下にて』 「好き」詰め込んだ、探偵小説

『弔い月の下にて』行舟文化・1760円

 よっ、待ってました! 倉野憲比古(のりひこ)の新作ホラーミステリーがやっと出た。『弔い月の下にて』(行舟文化)は心理学者の卵、夷戸(いど)武比古を探偵役に配したシリーズの3作目で、前作『墓地裏の家』から実に10年ぶりとなる。

 物語の舞台は長崎の孤島にある「淆亂(バベル)館」。隠れ切支丹(キリシタン)の末裔(まつえい)が築いた館を物見遊山に訪れた夷戸たちは上陸早々、館の使用人に捕まってしまう。そこに集っていたのは人気劇団の役者やゴシップ雑誌の記者たち。失踪した伝説の俳優である館の主と因縁のある面々だが、その夜、主は暖炉で顔を焼かれた状態で発見される……。

 典型的なクローズドサークルもので、当然のように死体は一つにとどまらない。夷戸の「了解操作」なる推理は、異常心理学や異端宗教のうんちくに基づく衒学(げんがく)味にあふれ、探偵小説好きならば小栗虫太郎『黒死館殺人事件』を容易に思い起こすことだろう。

 夷戸の先輩・根津のたとえ話がいちいちマニアックなホラー映画の引用だったり、登場人物の多くが耳慣れない銘柄のたばこを吸っていたり、作者の好きなものを詰め込んだ大時代きわまりない物語。でも歌舞伎よろしく、読みながら「夷戸屋!(?)」などと声を掛けたくなるのだ。カバーのそでには作者のことばとして「本作は変格探偵小説なのか? はたまた異形の本格なのか?」とある。

 倉野さん、立派な本格探偵小説だと思いますよ。(野波健祐)=朝日新聞2022年1月19日掲載