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本屋大賞候補入りで注目 浅倉秋成「六人の嘘つきな大学生」 就活イヤミス装い後味よし

 いやあ、よくできている。

 人間の醜さを追求する嫌な味わいのミステリと見せかけて、いつしか人間味あふれる温かな世界へと変貌(へんぼう)していくのだ。湊かなえ的なイヤミスと思わせて、伊坂幸太郎ばりに伏線回収鮮やかな青春ミステリへと収斂(しゅうれん)していくからたまらない。

 いや、その前にこれはまず、就職活動を描くミステリとして抜群に面白い。

 初任給が破格の50万円ということもあり、新興のIT企業が初めて行う新卒採用に5千人超の応募者が殺到し、6人が最終選考に残る。彼らに与えられた課題は、1カ月後までにチームを作り上げ、ディスカッションをするというものだった。そのためにみな力をあわせて内定をもらおうと努力するのだが、直前になって、「6人の中から1人の内定者を決める」に変更される。6人の“仲間”が、突然みな“ライバル”になる。そこに何者かによって彼らの秘密を暴く6通の封筒が寄せられて、告発文を交えた暴露合戦となる。

 内定をめぐる攻防は「全員が平等に恥部を握り合うような構図」になる。きわめて優秀な学生たちの仮面がはがれおち、人にいえない過去がさらけだされるのだ。このあたりイヤミス全開なのだが、面白いのは、就職戦線と並行して、内定をもらい就職した者(中盤まで周到に名前が伏せられている)が8年後の2019年に関係者にインタビューを重ねて、過去を振りかえる構成になっていることだ。

 誰が内定をもらったのか、そして誰が秘密の封筒を用意して陥れようとしたのかという二つの謎をひっぱりながら、「嘘つき学生と、嘘つき企業の、意味のない情報交換――それが就活」というリアルな内実をとことんつきつけるのである。

 プロットも人物像も巧みで、成長小説としての着地も鮮やかで、後味も素晴らしく良い。就活ミステリ、青春ミステリ、もちろん本格ミステリとしても愉(たの)しめるスタンダードとして読み継がれるのではないかと思う。=朝日新聞2022年1月22日掲載

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 KADOKAWA・1760円=15刷9万1千部。2021年3月刊。22年本屋大賞候補作。「本を読まない層に刺さった」と版元。