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大切なことは目に見えない くずしろ「雨夜の月」(第130回)

 タイトルは「目には見えないが、確かにあるもの」という意味。昨年から「コミックDAYS」(講談社)で連載している『雨夜の月』(くずしろ)には多くの“月”が隠れているが、最もわかりやすいのは奏音(かのん)という少女が持つ「障害」だろう。

 高校入学を前にした春先、ピアノ教室に向かっていた金田一咲希(さき)は同年代の美少女とぶつかり、手をすりむく。彼女は無言のまま楽譜を拾うと、一緒にバンソウコウを渡して立ち去った。数日後、咲希はクラスメートとして彼女と再会。及川奏音というその少女が「耳が不自由」なことを担任教師から知らされるが、直後に奏音は「なんのサポートも要りません。構わないでください」と言い放つのだった――。

 聴覚障害者が登場する作品というと、1992年から「月刊ミミ」(講談社)で連載された『君の手がささやいている』(軽部潤子)を思い出す。ろう者の美栄子は都心の一般企業に就職するが、スムーズにコミュニケーションが取れないため職場で敬遠されるように。そんな中、同僚の博文は手話を覚えて彼女と話し、やがてふたりは恋に落ちて結婚する。ろう者の苦悩を正面から描き、菅野美穂主演でテレビドラマ化もされた話題作だ。

 美栄子は読唇術で相手の言葉を読み取れるが、まったく音が聞こえないので普通に言葉を発することはできない。ろう者特有の異様な声、いわゆる「デフ・ヴォイス」になってしまう。それに対して奏音は小5まで聞こえていた中途失聴者であり、わずかに聴力も残っている。ろうではなく、「高度難聴」に分類されるのだろう。明瞭に言葉を話すこともできて健聴者と見分けがつかず、さらに手話も使えない。厚生労働省によると「聴覚障害者全体で手話が使える人は2割程度」しかいないという指摘は目からウロコだった。

 周囲のサポートを拒絶した奏音は当然のように孤立する。仲良くしたいと思っている者も少なくないのだが、「軽率な言動で傷つけちゃわないか緊張する」ので、どうしても二の足を踏んでしまう。そんな中、咲希は勇気を出して奏音に近づいていく。

 特筆すべきは表情や空気だけで伝える繊細な心理描写だ。咲希はしばしば奏音の地雷を踏んでしまい、人の内面に触れる難しさを改めて考えさせられる。だが、それは障害がなくても同じだろう。『星の王子さま』(サンテグジュペリ)に書かれたように、「いちばんたいせつなことは、目に見えない」。そもそも人の心こそ“雨夜の月”なのだ。それを恐れて踏み込まないままでは、本当の意味で「人と付き合う」ことはできない。

 舞台は作者の故郷の岩手県であり、もしかすると自身の体験もいくらか反映されているのかもしれない。第1巻のラストで、咲希がひそかに抱えていた“月”も明らかに。来月発売される第2巻が待ち遠しい。