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「731部隊全史」書評 反省しない組織 精度高く描く

評者: 戸邉秀明 / 朝⽇新聞掲載:2022年03月12日
731部隊全史 石井機関と軍学官産共同体 著者:常石 敬一 出版社:高文研 ジャンル:産業

ISBN: 9784874987834
発売⽇: 2022/02/14
サイズ: 20cm/415p

「731部隊全史」 [著]常石敬一

 人体実験や生物兵器の使用から、日本軍の戦争犯罪を象徴する旧満州(中国東北部)の731部隊。1980年代以降、中国民衆への加害や、米軍との取引による戦後の免責など、実態が次々と明らかになった。この研究の第一人者が、最新の成果を盛り込み、全体像を書き下ろした。
 最大の特徴は、石井四郎という一軍医が作り上げた巨大機関の内実を、軍の公文書などで裏付け、高い精度で描ききった点にある。新兵器を渇望する上層部から、予算を獲得して肥大する組織。細菌戦を仕掛けながら自軍に多数の犠牲者を出した石井を、更迭してもすぐに復帰させる人事。日本軍の組織体質こそ、石井の暴走を生み出した。
 軍と学の癒着も進んだ。学界のボスたちを顧問格に据え、彼らの弟子を部隊に迎えて軍医等と共同研究をさせた。潤沢な資金や他ではできない「実験」の魅力に、科学者は群がった。
 専門の垣根を越えた研究体制は、現在に続く科学の最先端にも映る。だが分業の徹底は、人を一個の歯車に変え、罪の意識を麻痺(まひ)させた。その歪(ひず)みが、彼らの博士論文に凝縮して表れる。戦時は軍事機密を理由に、戦後は軍の痕跡を消す改竄(かいざん)によって、軍事研究のデータが黙認され、博士号が授与された。お墨付きを与えた大学教授は、その後も学界の権威であり続けた。
 こうして出来た「軍学官産」の利益共同体は、自らの失敗を認めず、反省と転換の機会を逸する。欧米では細菌兵器の実用化は困難と見て数年で放棄したが、日本軍は「使えない兵器」の開発に固執した。モデル自体の修正ができない「追いつけ、追い越せ」型の思考習慣は、戦後の結核予防や今日のコロナ禍対策の失敗にも影を落とす。
 必要なのは、公開による監視と検証、それによる科学の民主化だろう。ウクライナでの戦争を機に、世界中で軍学協力のさらなる過熱が懸念される今、本書から何を学ぶかが試される。
    ◇
つねいし・けいいち 1943年生まれ。神奈川大名誉教授(科学史)。著書に『消えた細菌戦部隊』『化学兵器犯罪』など。