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当たり前の日常が続きますように……荒井良二さんの新刊絵本「はっぴーなっつ」から考える

文・写真:日下淳子

 3月11日、新刊を発売した荒井良二さんの『はっぴーなっつ』絵本原画展に足を運びました。この作品は、主人公がベッドの中で耳をすます場面から始まります。「うれしそうなとりのこえ、やさしいかぜのおと、だんだんあかるくなるそらのおと‥‥」と春の音を耳で感じるところから、夏へ、秋へ、冬へ。そしてまた春へと移り変わる四季が、女の子の感性を通して表現されています。今回の絵本には漫画のようなコマ割りが使われていて、荒井さんが愛読していたスヌーピーの漫画『ピーナッツ』の作者、チャールズ・M・シュルツさんへのオマージュとなっています。

 実はこの『はっぴーなっつ』(ブロンズ新社)という絵本を知ったとき、はじめは子どもが空想世界を旅する四季の物語なのかと思いました。漫画という入りやすさ、かわいらしい絵、大胆な筆遣い、子どもが見てもわくわくする内容でした。ところが原画展初日、『はっぴーなっつ』のパネル展を同時開催していた喫茶「シーモアグラス」で、たまたま荒井さんを知る男性とお話しする機会があり、その方がつぶやいたのです。

 「荒井さん、今夜のインスタライブで多分、震災のことを話すんじゃないかな」

 原画展のイベントとして、夜の会場からオンラインライブの配信が行われる予定でした。

生かされているぼくら

 はたして、そのインスタライブで、荒井さんは冒頭から「3月11日、今日は東日本大震災と福島原発の事故が起こった日です。手を動かして絵を描いていると、毎日のように震災のことを思い浮かべます」と話し始めました。

原宿の「青銅Room J」(ブロンズ新社のギャラリー)で開かれている原画展

 震災を境に、希望や夢、日常、願い、そして未来をはっきりと意識するようになったという荒井さん。あれから11年経ったいまも、荒井さんは被災地とのかかわりを続けています。そして日常は当たり前ではなく、自然のサイクルの中で「生かされているぼくら」という感覚を大事にしたいという気持ちが、今回の四季の物語へつながったと言います。

 改めて絵本を眺めていると、日々感じる自然の恩恵が夢のように描かれていました。旅に出て、五感で季節を目いっぱい感じる主人公は、季節ごとに「ああこれが春なんだ!」と嬉しくなります。まるで自然から祝福されるような幸福感を楽しむこと、こんな素晴らしい感覚を忘れそうになっていました。

「シーモアグラス」の壁に描かれた、荒井さんの直筆メッセージ

なんてことない瞬間こそ、人生

 3月16日、また福島県沖で震度6強の地震がありました。それは、世界のどこでいつ起きるかわからない自然災害のひとつであり、突然そこにあった当たり前が消えてしまう恐怖が蘇った瞬間でした。それに感染症や、戦争という人災によっても、あっという間に世の中が変わってしまいました。ありふれた日常がいかに幸せであるか、日々考えずにはいられません。絵本の中で荒井さんが描く、希望に満ちた世界、自然や命、そして五感を使って感じられる当たり前の日常が、本当に愛おしくなります。

 荒井さんは、今回の絵本にコマ割りを入れたことで、通常の絵本では割愛されていた、なんてことのない時間の経過が描けたと言います。「他愛のない瞬間を入れ込めることが、すごい嬉しいんですよ」と。今この瞬間、平和な雲をじっと見つめることが、果物のにおいを鼻で感じることが、好きな時にみんなであくびをすることが、大切な人生のカケラなのかもしれません。どうか全ての人に、明日に希望が持てる、甘くて穏やかな日常が待っていますように、と願わずにはいられません。

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