普遍的な子ども時代を描き、幅広い世代から共感を得る
――この度、『かがみの孤城』が児童文庫「キミノベル」から刊行されました。この作品は、もともと大人向けの一般書として、2017年にポプラ社から出版されたものですね。
私が小説を書くときは、とくに大人向け、子ども向けといったことは意識していないんです。「面白い小説を書きたい」というのが出発点で、それはきっと子どもにも大人にも響くところがあるはずだ、と。主人公を中学生にしたのは、ポプラ社からの依頼だったことも大きいんです。子どもの頃たくさん読んだポプラ社の本に恩返しをしたいという思いもあって、学校を舞台にした子どもたちの物語を書くことにしました。私はデビュー作からずっと学校を舞台にすることが多いのですが、学校に行かないという選択をした不登校の子を主人公にすることで、より深く「学校」ってなんなんだろうと考えることができるかも、と思いました。でも、メッセージ性や結論みたいなものが最初から私の中にあったわけではなくて、読者の皆さんには、とにかく本の世界に没入し、続きを楽しみに読んでほしい。そのうえで読者のみなさんが何を感じてくださるかは自由だと、いつもそんなふうに小説を書いています。
――いつの時代も変わらぬ普遍的な子ども時代の心の葛藤や悩みを描いたこの作品は、大人から子どもまで幅広い世代から支持されました。読者の声や反響で印象に残っているものはありますか。
この小説に関しては印象に残っているものばかりです(笑)。「登場人物のここが好き」「あのシーンがいい」といった声はどの作品にもいただきます。『かがみの孤城』では、感想とともに、ご自身のお話をしてくださる方が多かったのが印象的でした。「自分も中学生の頃、主人公の『こころ』だった」「中学生の頃の自分に読ませたい」。そう言ってくださる大人の方もとても多かったです。中学生や小学生の読者もたくさんいて、「お父さん、お母さんにすすめられて読みました」という子がいれば、その逆に「娘にすすめられて読みました」「息子と一緒に読んでいます」という大人の方も。親から子へ、子から親へ、という両方が同時に起きてくれたことがとても嬉しかったです。
コミュニケーションツールとして、人と人をつなげる本の力
――感想を親子で話しあうなど、作品が親子間のコミュニケーションツールになっている面もあるようですね。
主人公の女の子“こころ”のように、学校になじめていない様子のお子さんに、親御さんが勇気を出してこの小説をすすめたところ、「これは今の私だね」とすごく共感してくれたというお話を伺って胸がいっぱいになりました。サイン会では、本を読み終わって昂(たかぶ)った気持ちのまま友達と交わしたラインの画面を見せてくれた子もいます。私も子どもの頃、読んだ本の話を友達とするのが大好きだったので、あらためて本がもつ人と人とをつなげる力を感じました。
――不思議な世界観や思わぬどんでん返しなど、ミステリー小説としての秀逸さも、多くの読者を得た要因だと思います。
そういってもらえるとすごくうれしいですね。私自身、子どもの頃からミステリーが大好きで、作中の謎を知りたいとワクワクしながらページをめくっていました。ですからいつも、読者が「謎の真相を知りたい」「続きが気になる」と思ってもらえることを大事にしています。だからこの小説でも「本は苦手だったけど1冊最後まで読み切れた」「徹夜をして読んでしまった」という小中学生からの感想が、すごくうれしかったです。1冊最後まで読んだ経験が自信となって、さらに読書の世界を広げるきっかけになるといいなと思います。
物語の世界を見事に表現した村山竜大さんの挿絵
――そんな『かがみの孤城』がこの度、総ルビをつけ、ポケモンカード公認イラストレーターの村山竜大さんの挿絵を60点もいれた児童書として新たに刊行されました。
子どもにとってさらに親しみやすく、より自分の読み物だと思ってもらえるようになったと思います。何よりすばらしいのが村山竜太さんの挿絵です。私がぜひ村山さんにお願いしたいとリクエストしたのですが、お忙しい方ですからお引き受けいただけないだろうと思っていました。お受けいただけた、と聞いて、村山さんの描くこころたちに会えるのか! と感激しました。またこの小説は、すでに単行本の装画や漫画でビジュアル化されたものがあります。そこと差異化しながら新たに世界観を作って描いていただくのは本当に難しいことだったと思うんです。にもかかわらず、村山さんが今回描き出してくれたキャラクターたちが、各自の個性が見事に反映された表情や佇まいで息を呑みました。登場人物の服や部屋の小物も含め、物語の世界が余すところなく表現されている挿絵にも感動しました。そんなキミノベル版『かがみの孤城』を読むことで、本の面白さに気づいてくれる子がいたら、光栄ですね。
――辻村さんの子ども時代の本との出会いや思い出も聞かせてください。
家にあった絵本を繰り返し読んでいたのが最初だと思います。その後、保育園の頃、近所に移動図書館の車がやって来るようになって、なかに入ったらいろんなジャンルの本がびっしり収まっていて驚きました。「この中から好きな本を2冊借りて帰っていい」と言われ、すごくワクワクしたのを覚えています。その後、小学生になって図書室に足を踏み入れた時にはさらに大興奮。車1台分であれだけ興奮したのに、今度はこの部屋にある本を全部読んでいいという。まるで夢のようで、毎日のように図書室に通うようになりました。
最も衝撃を受けた一冊は「ズッコケ文化祭事件」
――子どもの頃、読んだ本で、とくに印象に残っている作品はありますか。
数え切れないほどありますが、もっとも衝撃を受けた本を1冊あげろと言われれば、那須正幹先生の「ズッコケ」シリーズです。当時すでに大人気で「大人がすすめるいい本」という印象が強く、天邪鬼な私は、手にとるのが遅かったんです。でもミステリーが好きだったこともあり、タイトルにひかれて読んだ『ズッコケ文化祭事件』に圧倒されました。「大人がすすめるいい本」なんてとんでもない。大人が全力で、複雑なことを複雑なまま誠実に子どもに向けて書いたと思える小説だったんです。とくに児童文学作家と主人公たちの担任の先生が子どもについて激論を交わすシーンは圧巻で、子どもの頃に出会えたことを今も感謝しています。ミステリーで一冊あげると、綾辻行人先生の『十角館の殺人』ですね。小学6年生のとき読んで、小説ってこんなことができるのかと驚きました。私の小説に対するイメージを大きく刷新してくれて、「こんな小説が書きたい」と憧れました。作品世界を彩る文章もすばらしく、ノートに書写したのを覚えています。
――それはすごいですね。ちなみに辻村さんはいつ頃から作家を目指すようになったのですか。
小学校低学年の頃から、小説家に限らずアニメやゲーム、音楽などなにか表現する仕事をしたいと思っていました。その中でも小説は、紙とペンさえあれば始められる。最初に書き始めたのは、小学校3年生の頃でした。小学校、中学校、と書き進めるうちに、読んでくれたクラスメートたちが、「続きが読みたい」と言ってくれるようになりました。その声が原動力となり、小説を書いていた先で、今、プロになったと感じています。小説を書くモチベーションは、今も昔もあまり変わらない気がします。
子どもにこそ安心できる居場所となる本が必要
――最後に改めてこれからキミノベル版『かがみの孤城』を手にとる子どもたちや、その親御さんへのメッセージをお願いします。
よく大人は、子ども時代は気楽で自由でよかったなんていいます。でも私にはそう思えない。子どもの頃は、自分自身のことでも自分で選べることは少ないし、家や学校という限られた環境の中で窮屈な思いをすることも多い。大人になると忘れがちだけど、すごく過酷な日々だと思うんです。私自身も、そうした子ども時代の不自由さの中で生きてきた一人ですが、そんな時に私を助けてくれたのが本の存在でした。周囲に自分を理解してくれるような大人がいないように思ったり、友達と喧嘩して明日学校に行くのどうしよう、となった時も、本を開いた向こう側には、自分を理解してくれていると感じる言葉に出会えたり、この本を好きな仲間がどこかにいると思えた。『かがみの孤城』も、読んでいる間だけは、読者が本の中の主人公たちと友達になってそこを居場所だと思ってもらえたらこんなに嬉しいことはありません。キミノベル版は挿絵が入ったり、すべての漢字にふりがながついて、とても読みやすい形になったので、誰かにとっての「はじめてのミステリ」「はじめて自分で選んだ小説」になったら、とても幸せです。