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アンソロジーは活字の展覧会 編者の個性が光る怪奇幻想系4冊

謎と恐怖が共存したホラー・ミステリー集

 千街晶之編『ホラー・ミステリーアンソロジー 魍魎回廊』(朝日文庫)は、ミステリーでありながらホラーの要素を併せ持つ「ホラー・ミステリー」の代表作7編を、現代作家を中心にセレクトした一冊だ。

 海辺の町で起こった犯罪と超自然現象を絡めた宇佐美まこと「水族」、身も凍るような怪異と厳密なロジックが共存する小野不由美「雨の鈴」、オカルト要素抜きでホラーに接近してみせた道尾秀介「冬の鬼」と、一口にホラー・ミステリーといってもその作風はさまざま。近年人気を集めるこの手法の奥深さを、あらためて知ることができるだろう。

 京極夏彦「鬼一口」と高橋克彦「眠らない少女」が〈鬼〉というモチーフで、都筑道夫「三つ目達磨」と津原泰水「カルキノス」が〈旅〉というモチーフで響き合うなど、収録作同士があちこちでリンクしているのも面白い趣向。タイトルの『回廊』からの連想もあって、活字の展覧会を訪れたような気分にさせられる。考えてみるとアンソロジストの仕事は、キュレーターと共通する部分が多いかもしれない。

美意識で貫かれたもうひとつの文学史

 アンソロジーは大きくふたつに分けられる。評論家や翻訳家が編んだものと、実作者である小説家が編んだものだ。それぞれに魅力があるが、編者の個性がより際立つのは後者かもしれない。

 長野まゆみ編『長野まゆみの偏愛耽美作品集』(中公文庫)は、幻想的な作風で知られる人気作家のルーツをたどるようなアンソロジー。泉鏡花、夏目漱石、谷崎潤一郎らによる小説から、幸田露伴らの随筆、宮沢賢治や北原白秋の詩歌まで幅広くカバーした26編に共通するのは「耽美」であること。編者は宝石のような光を放つ作品を拾い集め、読者にこっそり披露してくれる。ページをめくるごとに新しい文学史が、目の前に広がるような感覚を味わえるはずだ。ちなみに三島由紀夫「孔雀」、横溝正史「蔵の中」、岡本かの子「美少年」という美少年小説のつるべ打ちは圧巻!

大正時代のミステリー競作、ついに復活

 次はちょっと変わり種を。中央公論新社編『開化の殺人 大正文豪ミステリ事始』(中公文庫)は、大正7年に刊行された雑誌「中央公論 臨時増刊 秘密と開放号」から、佐藤春夫「指紋」、芥川龍之介「開化の殺人」、里見弴「刑事の家」など創作7編を再録し、関連するエッセイを付け加えたもの。

 この『秘密と開放号』は今日文豪として知られる作家たちが競ってミステリーに挑んだ画期的企画で、あの江戸川乱歩に刺激を与えたことでも知られる。それが104年の時を超えて蘇ったのだから、手を伸ばさずにはいられない。

 今日のミステリーとはかなり形が異なる収録作から感じられるのは、新興芸術であった「探偵小説」に向けられた作家たちの熱意と好奇心だ。いささかとっつきにくい作品も含まれるが、作家・北村薫による丁寧な解説を参照しつつ再読すれば、じわじわと面白さが分かってくるはず。ミステリー史の空白を埋める好企画だった。

お花見にシーズンにぴったりの桜怪談集

 最後はお花見シーズンにぴったりの一冊を。東雅夫編『桜 文豪怪談ライバルズ!』(ちくま文庫)は、古より日本文学の題材となってきた桜の妖しい魅力に迫るアンソロジー。

 このテーマを語るうえでは欠かせない坂口安吾「桜の森の満開の下」をはじめ、桜が人に憑依するという着想が魅力的な泉鏡花「桜心中」、あるはずのない桜に魅入られた旅人を描く赤江瀑「平家の桜」など、美と怖さが表裏一体となった馥郁たる幻想譚を収録。

 怪談やホラー小説のみならず、桜を扱った論考、詩歌にまで目配りしたセレクションの広さもさることながら、小泉八雲作品を異なる三者の訳で収録したり、坂口安吾と中上健次を謡曲「桜川」によってリンクさせたりと、随所に凝らされた趣向が贅沢だ。
 さまざまな〝アンソロジー術〟に注目すれば、アンソロジーはもっと面白くなる。

 なお今回紹介した4冊はすべて文庫版。お財布にもやさしいので、ぜひ新しい本との出会いに役立ててほしい。