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「不謹慎な旅」書評 野次馬精神で観光でなく「観影」

評者: 生井英考 / 朝⽇新聞掲載:2022年03月26日
不謹慎な旅 負の記憶を巡る「ダークツーリズム」 著者:木村 聡 出版社:弦書房 ジャンル:紀行・旅行記

ISBN: 9784863292413
発売⽇: 2022/02/28
サイズ: 21cm/258p

「不謹慎な旅」 [著]木村聡

 かつて欧州写真紀行『千年の旅の民 〈ジプシー〉のゆくえ』で一途な報道カメラマンらしい叙事と叙情の手並みを示した著者の、主に国内を巡る週刊誌連載が一冊にまとまった。
 岩手県大槌町の旧町役場と東北の「震災遺構」に始まって、八ツ場ダム、原発問題で町内が割れた瀬戸内海の祝島、原爆死没者慰霊碑、牛久入管収容所、三陸の零細漁業者たちが県と争う「浜の一揆」、そしてミャンマーを逃れたロヒンギャの難民キャンプ……と訪ねた先はいずれも新聞なら社会面でシリアスな話題になりそうな場所である。
 その旅を「不謹慎」とみずから称するこの書名。一瞥(いちべつ)して思わず口許(くちもと)がゆるむようなら年輩(ねんぱい)世代。きょとんとするのは、たぶん若者たちだろう。とかく大上段になりがちな構えに茶々を入れるこの種の諧謔(かいぎゃく)は、いまや世に薄らぎつつあるものだからだ。そしてこれこそ、ちかごろ往年の影薄いオジサン週刊誌がかつて得意とした野次馬(やじうま)ジャーナリズムの精神なのである。
 副題の「ダークツーリズム」は文化人類学や博物館学から広まった「暗い過去に学ぶ旅」を指す概念だが、そこには「不謹慎=不注意で、つつしみのないこと」(広辞苑)なんていう含意はない。
 一方、著者は歴史教科書にも載る足尾銅山にいまも廃水を送る中才(なかさい)浄水場があることに触れ、筑豊のボタ山を訪ねては近所の店から病院まで随所に「麻生」の名がつくところを見て元副総理(にして現副総裁)に一矢を放ち、大槌町では旧役場の建物を遺(のこ)そうという地元高校生らに年長世代が冷や水を浴びせたことにもしっかり言及する。
 同じく広辞苑によれば野次馬根性とは「自分に関係ないことを無責任に面白がって騒ぎ立てる」こと。だがその手の無責任はいまやSNSの十八番(おはこ)だろう。
 観光ならぬ「観影」旅行への誘いです、という著者の心意気にも小さな笑みが漏れた。
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きむら・さとる 1965年生まれ。フォトジャーナリスト。著書に『米旅・麺旅のベトナム』『満腹の情景』など。