小澤英実が薦める文庫この新刊!
- 『飛族(ひぞく)』 村田喜代子著 文春文庫 836円
- 『いかれころ』 三国美千子著 新潮文庫 506円
- 『父と私の桜尾通り商店街』 今村夏子著 角川文庫 704円
(1)国境近くの離島に最後に残った住民である、九十二歳のイオと八十八歳のソメ子。そこに六十五歳のウミ子が、母を本土に連れ帰ろうと島を訪れる。過疎や老いの孤独や寂しさなどどこ吹く風、自然と天命に身を委ねて暮らす老婆たちのしなやかな強靱(きょうじん)さが最高にかっこいい。本能のままに渡る空の鳥と海の魚のあいだで、土地や時間の境界に囚(とら)われひたすら地を這(は)って生きる人間の卑小さに打たれ、土地の伝承が息づく暮らしの不思議さに目をみはる。人知を超えた大いなるものに包まれる物語だ。
地縁や血縁は、人をがんじがらめに縛りもすれば、生きるよすがにもなる。昭和の終わり、南河内の自然豊かな田舎を舞台に、裕福な農家一族の絆としがらみにまみれた血の繋(つな)がりを描いた(2)は、子どもの頃を大人になった「私」が語るという、時間を隔てた二つの視点が功を奏す。主観と客観のせめぎあいは、土地や人間への揺れる愛憎そのものだ。山に囲まれた揺籠(ようらん)で育つ四歳の少女が身につけていくものの途方もない重みが、言葉少ない語りの余白ににじんでいる。
(3)父と閉店間近の寂れたパン屋を営む私が、ある女性客の来訪を機に、あっと驚く転身を遂げる表題作はじめ、「どうしたらこんな物語が書けるの?」と驚愕(きょうがく)する、唯一無二の今村ワールドが拡(ひろ)がる七篇(へん)。加減ができない女たちの憎めない「暴走」に笑い、社会の残酷さにひやりとするが、ユニークな奇譚(きたん)のどれにも、じつはしっかり女性のサバイバルが描かれている。=朝日新聞2022年4月2日掲載