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東大出身者の人生を切り取る、異色の怪談本 豊島圭介さん「東大怪談」インタビュー

豊島圭介さん=撮影・有村蓮

体験談と同じくらい、体験者が面白かった

――『東大怪談』は東大生×怪談という、これまでなかったコンセプトの実話怪談集です。本の成り立ちについて、まずは教えていただけますか。

 映画監督の仕事というのは一年中忙しいわけじゃなくて、ぽかっとスケジュールの空きが出るんです。そういう時期にものを書く仕事がしたくて、この本の担当編集である角由紀子さん(オカルトサイトTOCANA元・編集長)に相談したら、「面白い企画を思いついた」というんです。それが東大生×怪談という企画でした。

 面白いとは思ったんですが、僕がそれを書くんだと聞かされてびっくりして(笑)。最初は無理だと言ったんです。次の撮影まで2か月しかないし、実話怪談というジャンルへの敬意もあったので、おいそれと手は出せないと思ったんです。でも角さんが「大丈夫です、聞いたまま書けば本になりますから」と焚きつけるので、集まるかどうか分からないけど、取材だけでも始めてみましょうか、と企画がスタートしたんです。

――11名の体験者が登場していますが、どのようにコンタクトを取られたんでしょうか。

 フェイスブックが結構役に立ちましたね。東大時代の同級生とか、浜松の出身高校の同窓会のグループに「東大生の怪談を探している」という投稿をして、心当たりがないか聞いてまわったんです。それで東大時代の同級生が一人、見つかりました。

 それ以外にもいろんな伝手をたどって、角さんが探してくれた人も合わせて20人くらいが集まりました。そこからメールで連絡を取り、脈がありそうな方に話を聞いていきました。インタビューした後になって「やっぱり掲載はちょっと……」という方もいて、最終的にこの11名になったという流れです。

――実際、体験者の皆さんにお会いになってみていかがでしたか。

 取材前に考えていたこととしては、科学的・論理的な思考が得意とされる東大生が体験した怪異は、さまざまな反証に耐えうる、純度の高いものに違いない、ということだったんです。担当編集の角さんは長年オカルトに携わってきただけあって、そうした部分への思いが僕より強くて、ぐうの音も出ないほどリアルな怪異体験が聞けるんじゃないか、という期待があるようでしたね。

 ところが最初に取材したのが、人気のない山道でおばあさんに遭遇したという話だった。あれははっきりいって怪談かどうか微妙なラインじゃないですか。迷子のおばあさんに会った、というだけかもしれない。これは困ったことになったと内心思いましたけど(笑)、その体験を「時空のねじれに足をすくわれた」ととらえる彼の考え方が面白かった。これを残す方向でいきましょうと角さんと話し合って、体験者にスポットを当てた怪談本というコンセプトが明確になっていきました。

――結果的に人物ルポの側面が強まったということなんですね。

 そう、結果的になんです。当初はトピック別に章立てをしようと考えていたんですよ。UFOにまつわる話、人ならざるものに遭遇した話、という風に。でも取材を進めるうちに、体験談と同じくらい、話している彼らが面白いんだということが分かってきた。思いのほか業の深い人生を送ってきた方も多かったですし、「主語」をはっきりさせた方がユニークな怪談になると思ったんです。

豊島圭介さん

偏差値と恐怖体験「関係ある」

――金縛りに遭った、UFOを見たというささやかな怪談でも、体験者の人生とセットになることで印象的なエピソードになる。コンセプトの勝利だと思います。

 モデルで俳優の長井短さんが、ストロングスタイルの怪談じゃないところがいい、という感想をくださったんです。読者を怖がらせてやろうという姿勢が薄いのがいいと。なるほどなと思いました。プロの怪談作家や怪談師ではないことが、いい方に作用したのかもしれないですね。

――そんな中、「第二章 牛人間に呪われた男」で語られるエピソードは凄絶です。体験者が中学時代、山の中で牛人間を見たという怪談ですが、日本各地で目撃例がある「牛女」の怪談との関連が気になりました。

 すごいエピソードですよね。ただご本人はオカルト全般への関心がなくて、似たような怪談があることも、クダンという妖怪がいることもご存じないようでした。高校に入るまで、この体験を誰とも共有していなかったらしいです。

――読者として気になるのは、東大生というファクターが体験にどの程度影響を与えているのか、ということですが……。

 体験者の皆さんには毎回、アンケートに答えていただいていて、「この体験が偏差値に影響した度」と「偏差値がこの体験に影響した度」についても質問しています。実施するまでは関係ないだろうと思っていたんですが、多くの方が偏差値と体験には関係があると答えているんです。これは意外でしたね。「心霊現象とはなんだと思いますか?」「人間とはなんだと思いますか?」という本質的な問いにも、皆さん自分なりの考えを書いてきてくださって、面白いアンケート結果になったと思います。

――東大生の大半は「自分は優秀であるという〝自意識〟」を持っている、と書かれていたのが印象的でした。

 好むと好まざるとにかかわらず、「東大に行くなんてすごいね」と周囲から言われ続けるので、そういう自意識は育まれると思います。僕がその存在に気づいたのは小学生の頃。本にも書きましたけど、自分は優秀だから宇宙人に誘拐されるんじゃないか、と不安になったことがあって(笑)。今回取材した人たちにも、そういう自意識はあったと思いますよ。ナチュラルに「一般庶民」という言葉を使う方もいましたし(笑)、自分が体験したから間違いなく真実なんだ、と優秀さが怪異の裏付けになっている場合もありました。そういうメンタルの人たちが体験者であるというのは、他の怪談本にない特徴だと思います。

『東大怪談』(サイゾー)

体験者の内面と響き合う怪異

――原稿を書かれる際に気をつけたことはありますか。

 最初は言われるがままに、テープ起こしの原稿をそのまま右から左に書いていたんです。そしたら「全然面白くないです。サークルの広報誌みたい」と思いっきりダメ出しされて、話が違うじゃないかと(笑)。その際に角さんから「映画のシナリオを書くつもりで書いてみたらどうか」と提案されたんですね。それでシナリオのト書きのように、どんな風景が見えて、どんな音が聞こえたのかを具体的に書き加えていったら、徐々に怪談らしくなっていきました。書きながら、これは「怪談新耳袋」シリーズのドラマを撮った時に似ていると気づきましたね。

――豊島さんの監督デビュー作で、実話怪談の金字塔『新耳袋』(木原浩勝、中山市朗の共著)のドラマ版ですね。

 『新耳袋』は余計なものをそぎ落として、不思議な事象だけをぽんと転がすというスタイルの怪談本です。それをドラマとして成立させるには、体験者の人生を深掘りするという手順が必要だった。今回やったのもそれに近い作業ですね。面白かったのは、角さんがテープ起こしと下書きを手伝ってくれたんですが、取捨選択するポイントが自分とは違うんです。「そのエピソードを落としちゃうんだ」と驚くことがあって、実話でも書き手によって違いが出るんだと思いました。

――豊島さんが重視されるのは、インタビュー素材のどういう部分なのでしょうか。

 たとえば家族に関係する発言などです。牛人間を見た綿谷さんという方は、子どもの頃にご両親が離婚していて、お母さんの再婚相手に虐待されている。その再婚相手の家の近くで牛人間を見るんですけど、なぜかその現場にくり返し足を運んでいるんですね。ある年はそこで奇妙な写真を撮ってしまい、別の年には「なんで来てくれないの?」という妙な声を聞く。それらのエピソードが、「不在のお父さん」という要素で一本につながるんじゃないかと気がついて、そうした要素をピックアップしていった。一例をあげると、そういう感じですね。

――他にもゴミ屋敷で育ったネグレクト・サバイバーのハミ山クリニカさん、精神疾患を患って入院していたTさんなど、一口に東大生といっても歩んできた人生は多様です。

 そこは僕も驚いたところです。自分の周囲には比較的恵まれた同級生しかいなかったので、ハミ山さんのような方はレアケースだと思っていたんですが、壮絶な人生を歩んできた東大出身者は結構多かった。

――そうした経験と、不思議なものを見たり感じたりすることに関連性はあるんでしょうか。

 僕は霊感のある人がお化けを見る、という考え方には否定的なんです。世の中にはしばしば説明のつかない現象が起こるし、それは学歴や生育環境に関係なく、誰でも遭遇しうるものだと思います。でも体験者の内面によって、飛び散る火花の大きさは違うんじゃないでしょうか。悩みのない人生を送っている人より、悩んでいたり追い詰められていたりする人の方が、怪異に遭遇したときに飛び散る火花が大きいような気はします。

豊島圭介さん

やっと東大卒であることが仕事になってきた

――ちなみに豊島さんは超常現象肯定派ですか?

 肯定派だと思いますよ。ただ怨みを抱いて死んだ人が悪霊になって祟りをなす、みたいな説明は信じていません。世界にはなんだか説明のつかないことがある、たまたまそれに触れてしまう人がいる、くらいの立場です。そこは『新耳袋』の影響も大きいと思いますね。あの本は怪異を描いていますが、なぜそれが起きたかをほとんど説明しないじゃないですか。あのスタンスに共感するんです。

――東大といえば豊島さんは2020年、ドキュメンタリー映画『三島由紀夫vs東大全共闘~50年目の真実~』も監督されましたね。

 映画監督は学歴がまったく関係ない仕事ですし、これまでずっと「学歴の持ち腐れ」と言われてきたんですけど(笑)、最近やっと仕事に結びついてきました。『三島由紀夫vs東大全共闘』のプロデューサーは東大の同級生なんです。あの映画を作ったことで僕も東大出身ということが多少認知されて、今回の『東大怪談』の企画にもつながりました。「あの真面目なドキュメンタリーを撮った人なら」という経歴が、今回取材するうえでもプラスに働いた部分があったかもしれません(笑)。

――『東大怪談』の続編を出されるご予定は?

 出したいですね。今回の取材では東大理Ⅲ(ほとんどが医学部進学)の人にたどり着けなかったんです。東大でも最難関といわれる理Ⅲのエリートが心霊体験をしているなら、ぜひともインタビューしてみたい。現役東大生の怪談も聞いてみたいですし、まだまだ掘り足りないと思っています。