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「幻のシロン・チーズを探せ」書評 職人と共同作業 酵母のように

評者: 石原安野 / 朝⽇新聞掲載:2022年04月23日
幻のシロン・チーズを探せ 熟成でダニが活躍するチーズ工房 著者:島野 智之 出版社:八坂書房 ジャンル:食・料理

ISBN: 9784896942958
発売⽇: 2022/02/24
サイズ: 19cm/207p

「幻のシロン・チーズを探せ」 [著]島野智之

 わたしはナチュラルチーズ、大好きだ。わたしが子供の頃はチーズといえばプロセスチーズばかりであったと記憶しているが、いつ頃からか白カビや青カビのチーズもスーパーでみかけるようになった。一定の市民権は得られたといえよう。カビを食べることにも慣れるものなのだ。
 本書は土壌に住むダニを専門とする研究者によって書かれた。従って、ダニの嫌われっぷりは熟知している。しかし、と著者は記す。地球上の至るところに存在しているダニの内、人に悪さをするダニは2割程(ほど)で、約8割は良いダニとして、ホモ・サピエンスが約20万年前にアフリカに現れる前から存在している。
 その歴史は約4億2千万年前のシルル紀にさかのぼるのだという。約4億7千万年前、陸上植物の出現により土壌の歴史が始まった。ダニはシルル紀より土壌を耕し続け、結果的に私たちの現在の食生活を支えている。さらに土壌に住まうダニの中から、最も古くからある加工食品の一つであるチーズの熟成を助けるダニ(シロン)が現れたという。チーズが作られるようになったのは約9千年前だというから、人類とダニとのチーズを介したより直接的な共存関係にも長い歴史がある。
 わたしも家に住むダニや植物を枯らせるダニはどうにも好きにはなれない。しかし、口に入る食物は滅菌室で作られるわけではないし、肉や魚も初めからスーパーに並んでいる切り身ではない。チーズしかり。
 チーズの工房には、あたかも日本酒の蔵につく蔵付きの酵母のように工房付きのダニがいて、職人との共同作業で熟成を進める。著者の訪ねる歴史あるチーズ工房では、職人が毎日チーズにブラシをかけ、ひっくり返してダニがチーズを食べすぎないように調節しながら熟成を助ける。カビもダニも職人も工房のメンバーだ。わたし達(たち)の生活はダニを含む小さな生き物達との共存で成り立っている。
    ◇
しまの・さとし 1968年生まれ。法政大教授(動物分類学)。著書に『ダニ・マニア《増補改訂版》』など。