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未知の魅力伝えるエクストリームな温泉体験 麻生羽呂・吉田史朗「野湯ガール」(第131回)

 風薫る季節、待望のゴールデンウィークがやって来る。ということで、今回は「温泉マンガ」を取り上げたい。
 古くは1996年からタイトルそのままの『温泉へゆこう!』という作品が「スーパージャンプ」(集英社)で連載されていた。大保商事に勤める三井亨は三度のメシより温泉が好きな温泉バカ。毎回接待やプライベートで後輩の藤田典子とともに各地の名湯を訪ねていく。作者が80年代に『Oh!透明人間』で一世を風靡した中西やすひろということもあり、最大の売りは典子をはじめとした女性のきわどい姿だったが、温泉評論家・石川理夫の名もクレジットされており、温泉ガイドとしてもそこそこ実用性が高かった。

 一方、昨年からウェブサイト「やわらかスピリッツ」(小学館)で連載している『野湯(のゆ)ガール』(麻生羽呂・吉田史朗)に登場する温泉はすべて「野湯」、すなわち野山や海辺に自噴している天然の温泉だ。

 広大な大自然の中で“湯と一つになる開放感”を求め、20代の女性・大鷹ヒバリが日本各地の野湯をめぐる。式根島の御釜(みかわ)湾海中温泉、草津の香草源泉、秋田の川原毛大湯滝など、取り上げられるのは基本的に実在する野湯ばかり。主人公はうら若き女性だが、『温泉へゆこう!』のようなエロ要素はほとんどない。ヒバリの裸体が描かれることも意外に少なく、女性でも抵抗なく楽しめるだろう。主人公のアシスタント兼お色気担当だった典子とちがって、ヒバリは男性の援助を必要としない自立した女性だ。野湯を求めて男性でもハードルの高い冒険を淡々とこなしていくところに時代を感じる。

 もっとも、野湯というのは誰もが気軽に楽しめるものではない。まず険しい山や森を越えて現地にたどり着くまでが大変だし、有毒ガス、野生動物、遭難など命にかかわるリスクもいろいろある。女性の場合、そもそも屋外で裸になることにも二の足を踏むだろう。本作を読んで野湯に行きたくなるかと聞かれたら、イエスと答える人はそれほど多くないと思う。しかしマンガには「自分が体験できない未知の世界を知る」喜びもあるわけで、その意味で本作は興味深い。「やわらかスピリッツ」では「アウトドアコメディ」と紹介しているが、単行本第1集のオビに書かれた「エクストリーム・アウトドア・コミック」の方がふさわしい。

 「第6湯」では、以前から伏線が張られていたヒバリの驚くべき過去が明らかにされる。かなり現実離れした設定なのだが、常に単独で秘境の野湯をめぐっている彼女の行動を考えれば、これくらいのキャラクターにしなければ逆にリアリティーがないだろう。
 本作を読んで野湯に行きたくなる人は少なくても、“湯と一つになる開放感”と非日常を求めて「温泉に行きたくなる」人は多いにちがいない。