歌人の松村正直さん(51)が10年分の時評を『踊り場からの眺め――短歌時評集2011―2021』(六花書林)にまとめた。昨年春までの2年間、朝日新聞の歌壇俳壇面で執筆した短歌時評も収録。「世代による感覚の違いが大きな時代だからこそ、開かれた批評が大事」と話す。
00年代以降、若い人を中心にフラットな歌の作り方が増えた。読みどころが一気に跳ね上がるのが従来の短歌だとすると、新しい歌の跳ね上がりはわずか。「〈定規〉の目盛りを細かくして読むのがコツ」という。
当初は「読みどころ」が分からなくても、時間がたって評価が変わることがある。たとえば昨年、第2歌集『広い世界と2や8や7』で塚本邦雄賞を受賞した永井祐さん。12年に第1歌集『日本の中でたのしく暮らす』が出たとき、何が言いたいのかと戸惑った。
〈なついた猫にやるものがない 垂直の日射しがまぶたに当たって熱い〉
上句と下句に因果関係はない。しかし焦点が二つある楕円(だえん)のような構造だと気づくと、二つの事柄を同時に意識している感覚を捉えた歌だと理解できるようになった。「内輪で『この歌いいよね』と言っているだけではダメ。誰にでも伝わる言葉でその歌の良さ、解釈を外に向かって提示しないと広がらない」
一方で「究極的には、歌の良さは言葉で説明できるものじゃない」とも。説明できたら、そもそも歌を作る必要がないからだ。「ただ、核となる歌の良さそのものは説明できなくても、周りをしっかり説明すると、中から玉みたいなものが現れる」
塔短歌会を主宰していた永田和宏さんから「実作と評論は車の両輪」と教わって以来、「1対1の割合」で取り組んできたという。その言葉通り、歌集を5冊、評論集や評伝を5冊出している。
東日本大震災を詠んだ歌を折に触れて取り上げてきた。短歌は社会問題を扱うときも、賛否を論じるのではない。迷いながら少しずつ考えが深まったり、見えていなかった現実を知ったりすることで、「歌を通して、より正しいと思われるほうに近づく手がかりを得られる」という。
戦前、戦中に詠まれた歌にも光を当ててきた。「公の場では言えないことも歌という形で残っている。当時の社会状況や人々の考え方を知ることができるので、大事にしたい」
歌誌「塔」の編集長を16年務めたあと、50歳を区切りに退会した。いま、同人誌などの展示即売会「文学フリマ」に参加すると、結社に属さず歌壇から自由な立場で、短歌という詩型を愛する若い世代が多いことを肌で感じる。「批評や歌会を通じて上と下の世代の橋渡しができたらと考えています」(佐々波幸子)=朝日新聞2022年5月11日掲載